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まさかの キラVS雷帝 です!
曇天街最強相手に生き延びられるのか……。
ルイはここ1週間ほど家にいないことが多い。毒を調整してしばらくは一緒にいてくれたから、たまっている仕事などがあるのだろう。(ちなみに、ルイは九条の護衛や手伝いを主な仕事としているらしい)
そんなわけで、今日は一人で曇天街を散歩していた。
そして、見つけてしまった。
視線の先、紫の服に長い金髪。そう、曇天街最強たるその男を。
取り巻きを一人もつけることなく、独りでゆったりと歩を進めている。
ここは確かに雷帝のアジトの近くであった。
ボーッとしてるうちこんなところまで来てしまっていたとは。ルイと一緒にいるようになってから、警戒心が薄れぎみであったことに苦笑する。
雷帝はルイが恐れるほどの圧倒的強者。向こうが気づいていない、もしくは気づいていても無視してくれているこの現状では逃げるのが得策だろう。
だが、どうしてもそこから動くのはためらわれた。
興味があるのだ。かつては自らの仲間としてルイを扱っていたという雷帝に。
逃げるべきだとわかっていても、心がそれを許容しない。
迷っているうち、雷帝が曲がり角を曲がった。
その道は覚えている。行き止まりだったはずだ。
私は思わず走って追いかけていた。
やはり道は行き止まりになっており、
ボワッ
強い光に包まれたかと思うと大きな炎が上がる。
視認するに、どうやら遺体を燃やしているようだ。
ソフィ姉さんが遺体を燃やすのは雷帝の仕事だと言っていたのを思い出す。
言い出しっぺはルイ。衛生面を気にするルイらしい提案だが、雷帝は決別したというのに、なぜ遺体を燃やし続けているのだろう。利害の一致というやつだろうか。
私と雷帝の距離は手を伸ばせば届くほどに近づいていた。
だが、これほど大きな炎のきらめきを見るのは初めてで、私は声をかけることもなくその場に立ち尽くす。
この距離だ。
雷帝も当然私に気づいているのだが、何も言ってはこなかった。
なにを考えているのだろう。雷帝の場合は、帯びている電気のせいで空気がうまく読み取れない。
怒っているのか、なんとも思っていないのか、わからない。
ただだだ静かな時間が流れた。
遺体が燃やし尽くされ、自然と炎は消えていく。
雷帝は来た道を引き返すため踵を返した。
目が合い、その眼力の強さに圧倒される。
「……あ、あの」
声を絞り出す。恐怖から目線を外してしまったが、落ち着くために深呼吸をして、再び雷帝と目を合わせる。
「どうして、ルイと、喧嘩し、たの」
ずっと聞いてみたかった。どうしても聞かずにはいられなかった。
でも、これは明らかな失言だ。
雷帝はルイのこと、嫌いなんだよね。
この発言は裏切りを思い出させる。
たとえ殺されたとしても文句は言うまい。悪いのは私だ。
(ああでも、ルイに迷惑はかけたくないなぁ)
発言したあとで遅いとはわかっているが、思わず自分にため息をつきたくなる。警戒しないとなので、つかないが。
案の定、雷帝の帯びる電気が増し、ビリビリと伝わってくる。
さっきまで落ち着いていた雷帝の髪も静電気で浮かび上がった。
(怒って、る)
空気が読み取れずともわかるほどの威圧。
逃げるべきだろうか。いや、ここで逃げてもどうせ追いつかれるだけだし、いっそのこと返答を求めてみるのもいいかもしれない。
「どうし、て?」
雷帝は呆れたような顔をして、威圧を少しだけ緩めた。
代わりにもの凄くあざけた態度で笑う。
「ここまで俺を怒らせておいてそんだけ余裕を保てるとは、大物かただの馬鹿かどっちだろうなぁ」
態度が豹変する人だ。さっきまでは静かな印象だったのに、一気にねじが外れたみたいな。
「気になったから、聞いて、みたかった、だけ」
雷帝はどれだけ人を馬鹿にしていても、瞳だけはまっすぐこちらをみている。そんな印象を抱いた。
今にも雷を放ってきそうな威圧とこちらを馬鹿にした態度は私に恐怖をもたらし、足をすくませ、ここから逃げたいと思わせるけれど、この瞳だけはずっと見つめていたいような不思議な感覚だった。
目の前の雷帝を恐れているのに、目の前の雷帝に守られているような。
少なくともこの瞳に見つめられている間はここから逃げずにいられる気がする。
「なるほどぉ、ずっと一匹だったシロサギがぁようやく傍に置いただけのことはあるなぁ。だがわかってるかぁ? お前がシロサギの弱みだってよぉ!」
ビリビリッ
突き刺すような雷が向かってくる。当たったら間違いなく即死するやつ。
クッ,3回バク転してなんとか距離を取り、回避する。
ハアハア
威圧と死に対する緊張で息が上がる。
「ハハハ! 楽しいなぁ、おい!」
雷帝は愉悦に顏をゆがませこれでもかと無数の雷を向けてくる。
「クッ、バカにし、ないで。私はルイの弱みには、ならない。私がルイを守る、の!」
雷を紙一重で避け、スカートの下で長針を擦り、雷帝に向けて放つ。
雷帝は動くことなく雷でそれを迎撃した。
「ハハッ! なんだこの軟弱な攻撃はよぉ。これで守るだぁ、笑わせんな」
ちっ、余裕か。ハアハア。
どうにかこの状況を打開する策を探さなくちゃ。
ビリッ
うっ、雷帝の放った無数の雷が私の頬をかすめ、服を切り裂く。
限界を感じて膝をついた。
ハァハァ
ダメだ。立ち上がらなきゃ。
ルイを独りにしないって決めたんだから、ここで死ぬのはやっぱり嫌だよ。
短剣を取り出し、構える。
視線をグッとあげ雷帝を睨み付ける……と、
雷帝の眼に……囚われた。
まっすぐな強さを内包した静かな瞳。
思わず短剣をおろし、構えを解く。
雷帝は鷹揚にまぶたを閉じ、それから目を開くと、
「お前には殺す価値もない、帰ってシロサギにでも泣きつくことだ」
あざけた言い方ではなく、ただ静かにそう告げ、歩き出した。
私の脇を悠々と通りすぎていく。
ハァハァハァ
悔しいけど、全く歯が立たなかった。
こんなにボロボロじゃルイに隠し通すのは無理かな……。
怒られるかな。
無謀なことをって愛想尽かされるかな……。
あーあ。
でも、帰らなきゃ。
もう二度とルイを独りにしないって決めたんだから。
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夕方、九条のところから帰ってきても家にキラがいなかった。
この時間ならいつもは帰っているのに珍しい。
ただ、キラは強いし、そうそう無茶もしないので特に心配はしていない。
今日の夜ご飯は少量ながら小麦粉も手に入ったことだし、じゃがいものニョッキにしよう。初めて作る料理だからうまくいくかはわからないけど、キラが喜んでくれるのを想像すると楽しくなる。
こねこねしていると、外階段に人の気配を感じた。
キラ……かな?
いつもより足取りが重い気がするな。
うーん、何かあったか?
こねるのを中断し、手を洗う。
キラがどんな状態でも優しく迎えようと思った。
カチャッ
(わっ!)
ボロボロじゃないか。
キラをここまで追い詰められるなんて一体誰の仕業だ?
「おかえり」
いつも以上に穏やかに声をかけた。
キラは一瞬ビクッとし、下を向いてボソボソと応える。
「……ただ、い、ま」
うーん、穏やかに頑張ったつもりなんだけど、キラをこんなにした相手への怒りがちょーっと声に出ちゃったかな。
ふぅ、キラのこととなると気持ちのコントロールがままならない。
あれ? この傷どこかで……
「ねぇキラ、その頬の傷、ちょっと火傷っぽくなってない?」
「……」
「もしやと思うけど、その傷つけたの雷帝、じゃないよね?」
「……ごめんな、さい」
うん、まさかの雷帝か。
しかも謝るってことはキラにも思うところがあるらしい。
「どうして謝るの?」
「私が怒らせ、ちゃったから。ルイには危険だって言われて、たのに、どうしても、話して、みたくて」
「……ふーん」
キラが雷帝に仕掛けたってのか。相変わらずキラは俺の予想を越えたことをするな。
死の危険があるってわかったはずなんだけど。
まあ、雷帝と揉めたときにわざわざキラを連れていったのは、キラの顔を覚えてもらって、手を出すなよって牽制するためだったわけで、雷帝がキラを殺す可能性は極めて低いのだけれど。
そういう空気を感じ取ったのかな?
うーん。
「何話したの?」
「……何も、答えてくれ、なかった。あげく、お前には殺す価値も、ないって」
キラは唇を噛み締め、拳を握りしめる。
あの最強に対して屈することなく、むしろ悔しいと思えることにこそキラのまっすぐな強さが見てとれる。
ああ、愛しいな。
「そうか……。うん、大丈夫だよ」
これは心からの言葉。
俺には雷帝がキラと相対した結果なにを思ったか、その全てが手に取るようにわかってしまうのだ。
キラは顔をあげ、不思議そうに、不安そうに、俺の言葉の先を待つ。
「それはね、雷帝の言葉で、生かす価値があるってことだから」
穏やかに告げれば、キラは目を丸くして、息を飲んだ。
「不器用な人なんだよ、わかってあげて」
「……ルイは雷帝のこと、嫌いじゃ、ないの?」
「ふふ、さあ、どうかな~?」
おどけてみせると、キラに全てを見通すような視線を向けられる。
キラならこれで欲しい答えを得ただろう。
「さ、シャワー浴びておいで。汚れ落としてご飯にしよう」
「……うん」
遠き日に思いを馳せながら、ニョッキをこね、茹でる。
キラは喜んでくれるかな♪
裏切りの真相は語られぬまま、それでも明日はやって来る。
曇天街の危機はもう、すぐそこに。




