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世界有数のスラム、曇天街。

その誕生の理由が語られます……

(にえ)というのはどういうことか。


「曇天街を作ったのは王家なんだよ。いくつか理由があるんだけど、なんだと思う?」


ハヤテは世界地図を消し、『ウェザリア王家の曇天街政策』と書いて、問うてくる。


スラムは国にとっては汚点なはずだ。それをわざわざ産み出すことになんの意味がある?


「実際、曇天街からクラウドが生まれたことを考えれば、国にとってはメリットがあったと考えられるけど、それは予想できるものではないはずだし……」


「あー確かに、クラウドは王家にとって願ってもない幸運だっただろうねぇ」


うんうん頷くハヤテだが、やはりこれが答えではないようだ。


「……犯罪を犯した者が曇天街に送られてくる場合がある。ということは、牢屋に入れ税を使うより、税を使わずに放置しておける曇天街の方が都合がいいのかな?」


ハヤテはホワイトボードに『国の財を使うことなく犯罪者を収容できる』と書いた。


「まあ、これが一番大きな理由ってわけじゃないけど、ひとついい考えだと思うよ。ただ、これだけだと国にスラムがあるという外聞の悪さを上回るメリットにはなり得ないよね」


その通りだ。

メリットが思い付かないのなら、王家と曇天街に今ある繋がりを考えてみるか……。


「ひとつ聞きたいんだけど、数年に一度ゴミ処理をうたって曇天街を国が襲ってくることがあるんだが、、あれは王家の指示だったりするの?」


そう、数年に一度、曇天街は国の軍に襲われる。

ゴミ山を片すついでに、その周りの住人まで片そうとするのだ。


あれが王家によるものだとすると、見えてくるものがある。


「そうか、ゴミ処理ねぇ」


なにやら思案顔になるハヤテ。


「どうしたの?」


「いや、、、正直言うとウェザリアの国民はゴミ処理が行われていることなんて知らないんだ」


は?

あれだけの人間を殺しておいて、知らないだと?


いや、落ち着け。情報を得ることが優先だ。


「というと?」


「ウェザリア国民は曇天街を怖い場所と認識はしているけど近づかなければ問題ないと思ってる。簡単に言うと無関心なんだ。だから、ゴミ処理のことなんて知らされないし、知ろうともしない」


言われてみれば道理だった。

君子危うきに近寄らず。危険だとわかっている曇天街に興味を持つのは誰だって避ける。


(ウェザリア国民は曇天街の住人を同じ国民とは認めていないってことか……)


「まあ、でも予想の通り、そのゴミ処理は王家の指示で間違いないよ」


うん? なぜ知らなかったことを断言できるんだ?


「……つまり、曇天街のことは全て王家の管轄で行われていると、国民はそう認識しているってこと?」


ハヤテは少し驚いた顔をしてからニッコリ笑う。


「ああ、まさしくその通り。そして、それこそが王家が曇天街を作った理由のひとつなのさ」


曇天街は王家の管轄……。

逆に言えば、王家がいないと国民は無関心を貫けないということか。


「曇天街から国民を守っているのは王家だと示すため?」


ハヤテはふふっと笑って、ホワイトボードに『曇天街を抑えることで王家の権威を高められる』と書いた。


「自分達で作っておいて虫のいい話だけどね。王家がいないと曇天街は抑えられない、だから王家に従えよって国民を脅してるのさ。王家の力を強くするのに有効だったんだ」


なるほど、理解はできる。だが、納得はしたくないな。


国にスラムがあることは他国から非難されかねないが、それでも国内部を安定的に統治するためには必要だった。

つまり、それだけ王家の力は弱まっていたということ。


そして、ハヤテの言うとおり、(にえ)として曇天街は作られたのだ。


「ルイ君、王家が曇天街を作ったのにはもうひとつ理由があるんだよ」


「うん? まだあるのか?」


「残念ながらね。でも、この最後の1個は優しいルイ君じゃ思いつかない気がするなぁ」


ハヤテは頭に手をのせ困った顔をする。

俺は別に優しいわけではない。ただ、優しい振りができるだけだ。


それはさておき、優しい人では思いつかないような理由とはなんだろうか。

不吉な予感しかしない。


「じゃあヒント。奴隷という制度を知ってるかい?」

「ああ、貴族などが人を使役する制度があるんだったか」


本で読んだことがある。世界には人を売買するような輩もいるらしく、そこでやり取りされる商品としての人間は奴隷と呼ばれるらしい。


「じゃあ、なんのために奴隷という制度があると思う?」

「それは当然、労働力としてじゃないのか?」


本にはそう書いてあったはずだ。

貴族は屋敷内の労働や、もしくは戦闘要員として奴隷を買うことがあると。普通の人間の労働に対しては対価や保証を払わなければいけないが、奴隷については一度手に入れたら払うべきものはなく、安上がりだと。


だが、ハヤテが求めているのはそういう答えではないらしい。


「うーん、まあ表向きは労働力としてなんだけどさ。もっと裏の意味を考えてみてほしいかなぁ」


裏の意味とはなんだ?


「……人身売買の仕組みを築くことで、取引をやり易くしたり?」


一応、悪の組織っぽい視点で捻り出してみた。


「ハハッ! なるほどね。実際、奴隷を売買している市場を使って、国の要人を他国に逃がしたりするケースはあるらしいよ」


なるほど、奴隷に見せかければ警戒されることなく亡命できるわけか。


「でも、それは人身売買制度の話でしょ? 今聞いてるのは奴隷制度の話。そもそも奴隷って売買されるものだけじゃないからね? 生まれながらの奴隷っていうのもあるんだから」


「そうなのか?」


「うん。その一族が代々奴隷の一族、とかね」


奴隷は正当な対価をもらうこともできず、生活は困窮するのだと本には書いてあった。だとすると、生まれながらに奴隷というのは実に不幸なことだ。

まあ、天国にいた人間が地獄にいくのと、最初から地獄に生きているのとではどちらが不幸かはなかなか難しいところだが。


「うん、やっぱり優しいルイ君にはわからなそうだね」


俺が考え込んでいるのをみて、ハヤテは穏やかに笑った。

そして、少しため息をついて話し始める。


「人っていうのはね、他人と比べる生き物なんだよ。そして、自分より地位やお金を持っている人間を嫉妬して、自分より地位やお金が不足している人間は見下して、そうやって自らの心の安寧を図るのさ」


それは、曇天街の住人にはあまり理解できない概念だった。

曇天街は弱肉強食。自分より強い人間にはへつらって、弱い人間は殺すか奪うかして自らの糧とする。

そこに心はない。ただ生きるために最善の選択をとる。

強い人間に嫉妬することなく、弱いからといって見下すこともない。いや、たまに例外はいるけども。

簡単に言うと、心の安寧を図るような余裕は曇天街にはないのだった。


「悲しいかな人間は、自分より下の者を見ると安心してしまう。自分はそいつよりマシだってね」


そして、ハヤテはホワイトボードにこう書いたのだ。


『最下層を設定することで国民の不満を解消できる』


ああ、まさしく曇天街は(にえ)として作られたのだった。


人間というのはずるい生き物ですよねぇ

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