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季節は変わって
夏。とかく暑いというのに、今日はよりによって私の毒を調整する日だ。というのも、ねえ様が「そろそろ毒いれないと妹ちゃん死んじゃうよ」とルイに進言したらしい。
確かに、ねえ様と暮らしていたときは、毎日のように毒を接種していたので、ここまで毒を避けたのは初めてだった。最近、若干のだるさを覚えていて、私としては夏バテかと思っていたのだが、体内で毒のバランスが崩れていることが要因だったようだ。
ソファでぐったりする私をルイが心配そうに覗く。
「大丈夫?」
申し訳ないことだが、ぐったりしているのは何も体調的な問題だけではなく、毒の調整に対する嫌悪感という精神的な理由が大きい。
ただ、ルイにはあくまで体調が優れないのだとアピールする。
うなずくことなく、気だるげな目を向けて。
「ふふ、仕方ないねぇ」
ルイは膝をつき、髪を撫でる。
「行きたくないのはわかるけど、頑張ろうよ。俺もずっと付いてるから」
……ばれている。
むぅと不機嫌な顔をして、ルイを睨んだ。
「キラはね、体調悪いときは悪くない振りするんだよ」
……ばれている。
「よし、立って!行くよー」
こうも明るく言われては反論する気も起きない。
ため息をついて、立ち上がった。
「あらあらキラちゃん、いらっしゃい! ようこそ私の診療所へ」
「ククッ、貴重なデータいただきにきたぜぇ」
目的地に到着するとすでに準備万端といった様子のフィール先生と九条に迎え入れられた。
ここは九条の拠点近くにあるフィール先生の診療所だそうだ。
ルイいわく、フィール先生は他にもいくつか診療所を持っているが、今回は雷帝のアジトから一番離れているここを選んだらしい。
そして、診療所の治療室に九条の扱うモニターを数台並べ、私専用の個室に仕上げてもらった。毒の調整には万全の体制を敷く必要があるからと頑張ってくれたようで、ありがたい。
ただ、気分としてはもう帰りたい。
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キラの前では努めて明るくしているけれど、本当は猛烈に不安だった。
ロエお姉さまに毒のことを教わったとはいえ、実際に毒を扱うのは初めてだし、少し間違えでもしたら……。
人を死に至らしめるのが毒だ。
実際、ほんの少しキラの血が体内に入っただけで、一瞬で死んでいくやつらを見た。
今回キラに飲んでもらう毒はそんなキラの血よりも強い。
そりゃ、血中の毒濃度を高めるためだから仕方ないが、当然リスクも高い。
だが、先日、ロエお姉さまにアドバイスをもらった折、胸中を明かせば、ケラケラと笑われた。
『妹ちゃんはもともと耐性が強いからちょっとやそっとのミスなら問題ないわよ! あ、心配だからって毒はちゃんと計算したぶん飲ませなきゃダメよ? というより、むしろ少し強めに入れちゃうくらいの方がこれまでにない変化が起きるかもしれないし! あらやだ、楽しみだわ』
キラのことを猛烈に愛している人なはずなのだが、なんというか、思ってもみない反応に困惑した。
そして勝手に納得した。キラがロエお姉さまに苦手意識を持っていた理由がわかった気がしたのだ。
基本は優しいけど、素で狂人なのだと。
それはさておき、ロエお姉さまはひとつアドバイスをくれた。
『ま、心配なら妹ちゃん自身に毒を食べさせることね。イケるイケないの判断はある程度妹ちゃんにもできるはずだから。足りない経験は妹ちゃんに補ってもらえば十分よ』
注射や点滴といった方法を思索していたので、これは想定外の提案だった。でも、リスクを減らせるうえに、キラのペースで毒を接種できるならやってみる価値はありそうだ。
――――まずは毒の調合から。
フィール先生の診察机を借りて、クマに頼んで仕入れてもらった毒をキラの目の前で調合していく。見たくもないだろうそれをただただじっと見つめているキラはいったいどんな心持ちだろうか。
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ルイが毒を調合する様子に迷いはなく、顔も声も明るく穏やか、いつも通りに見える。
ただ、なんとなく空気だけはいつもと少し違う気がする。
なんだろう、いつもは穏やかでありながら凛としているイメージだが、今は穏やかだけど揺らぐ感じが。
するようなしないような。
確信はまるでないけど、気になるので集中してルイの気を探る。
「ククッ、柄にもなく緊張してんのか?」
そこに降ったのは九条の嘲笑う声。
反応したのはルイ、、、の空気だった。
(あれ、揺らいでる?)
顔をパッと上げ、ルイを凝視する。
ルイはなにも答えない。
ただ、空気の揺らぎは私に確信を抱かせた。
(緊張して、るの、か)
少し意外で、でも、逆に心が落ち着いた。
それは、ルイでも緊張することがあるんだなという驚きであり、緊張しながら頑張ってくれているルイへの感謝であり、そんなルイのためにも頑張ろうと思える活力だった。
自然と口角が上がる。
さっきまでの嫌な気分はもうすっかり消えてしまった。
「ルイ、だいじょう、ぶ」
私は心からの笑みを捧げた。
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ステーキを食べているときや、本を読んでいるとき、キラが笑うことは今までにもあった。
でも、ここまできらいのない笑みは初めてだった。
不安は欠片もないということか。
俺は思わず手を止めて、キラを凝視してしまった。
キラは再び、俺の手元に視線を移す。
恐らく、いや確実に、俺が緊張していること、不安に思っていることはバレた。
でも、そのうえでキラが心配ないと笑うなら、俺はもう取り繕うのをやめた。
「キラ、毒の調合頑張ったけど、絶対の確信はないんだ。キラのペースで食べて、無理そうならやめていいから。ってゆーか先に謝っておくよ、ごめんね」
器とスプーンを差し出すと、キラはうなずいて、ベッドに腰かけた。
「ククッ、これから毒を接種する人間にひどい言い様だな」
「医者だったらぶん殴ってるところだわ」
外野の言葉はシカトして、キラをうかがう。
キラは笑顔のまま、スプーンで毒をがっつりすくった。
「いただき、ます」
まるでただの食事のような軽さで毒を口に運ぶ。
遅効性の毒にしてあるので、パクパクパクパク軽快に何口も。
だが、異変が現れたのは、器の毒が半分ほどになったときだった。
キラの手が止まり、呼吸が荒くなる。
ハァハァハァ
キラの背中に手を添え、なるたけ穏やかな気を送る。
「キラ……」
歯を食い縛り、スプーンを握る手に力を込め、それでもキラは毒を食べ続ける。
背中がぐっしょりと濡れてきた。脂汗が出てきているのだ。
穏やかな気を送りながらも、気が気ではない。
もし、もしも……。
「ククッ、毒を急激に接種したからな、このくらいは想定内だぜぇ」
モニターにうつるデータを確認しながら九条が笑う。
「ええ、呼吸も荒いし顔色も悪いけれど、目の焦点はあっているしまだ大丈夫だわ」
フィール先生が力強くうなずく。
なんて頼もしいサポートだろう。
俺もキラに送る穏やかな気をさらに大きくする。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ」
だが、キラの頑張りむなしくスプーンがこぼれる。
ハァハァハァ
ベッドに倒れこみ、
「あ゛あぁぁ、いぃぃ」
苦しそうなうめき声。
フィール先生が毒の器を机におき、キラの診察にはいる。
「九条、どこが問題だ」
「ククッ、危険な状態ではあるが数値的にはギリ想定内だぜ」
これで想定内とは。これまでキラが無事だったのが奇跡のようだ。
「ま、久々だからしかたねぇってこったな、ククッ」
フィール先生に体内の数値を伝えつつ、九条が呟く。
拳をいくら握りしめても、おれにはできることがなかった。
「あ゛あ゛ぁ、う゛……」
キラは意識を失った。
キラ、どうか乗り越えて




