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出会って間もない美男美女のまだぎこちないやり取りをお楽しみください…
どうやら本格的に眠ってしまったらしい。
窓の外を見れば、暗くなっているのがわかる。
昼間のことを思い出しながら、私は穏やかで優しい空気に微睡んだ。
「起きたみたいだね」
「……ル、イ?」
「まだ少し寝ぼけているかな」
「……うん、ダイジョブ」
私は起き上がり自分に毛布がかけられていたことに気づく。この曇天街で毛布は珍しいものだ。
ふつうはゴミ山で拾ってきた段ボールとか、汚い布切れとかで寒さをしのぐ。
「これ、毛布?」
「そうだよ。知ってるんだね」
そう、私が知ってるのは偏に姉が使っていたからだ。
なんで持っていたのかなんて知らないが、単純に誰かから奪い取ったのだろう。
姉のことを思い出して、軽く身震いする。
瞬間、頭にわずかな重みを感じ、よく見ればルイが片手を私の頭にのせている。
なんだろうと首をかしげると、穏やかに微笑まれ頭をポンポンされた。
初めての感覚に戸惑いながら、その心地よさに思わず目を閉じる。
「ふふ」
ルイの笑い声が聞こえた。
(やっぱりルイの側は心地いい)
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目を閉じて心地よさそうにスリスリしてくる少女に、俺は思わず笑みをこぼした。
出会って間もないというのに、こんな懐いてもらえるとは欠片も思っていなかった。懐くと言っても見た目で判断するに14,5歳の少女なのだが。
そして、さっき身震いした少女を思い浮かべる。
(何か思い出したくないことがあるらしいな)
頭から手を離し、ソファのとなりに座る。
「とりあえず、なにかご飯食べようか。お腹すいてる?」
少女の方を向いて尋ねれば、
「……うん」
名残惜しさを隠さぬままうなずかれた。
どうやら頭をポンポンされることを、思いのほか気に入ってくれていたらしい。
少女が眠っている間に実はスープを用意していた。
今は春だが、多少の寒さが残る頃。温まるものの方がいいだろう。第一、曇天街にいて温かいものが食べられる機会なんてそうはない。
何かから逃げてきたであろう少女を安心させるのにはちょうどいいと思った。
俺の家は3階建てで、防犯の都合上1階は使っていない。
ドアなんて付いていても気にせず入ってきてしまうのが曇天街の荒くれ者共だ。そのため、1階なんていつなんどき誰が入ってくるかわかったものではない。
だから、外階段から2階に上がったそこを居住スペースとしている。少女が寝ていたソファもそこにある。
奥にはキッチンがあって多少汚いものの全然使えるからありがたい。
そもそも昔の曇天街は普通に一般人が暮らし賑わっていたらしく、その頃の恩恵で建物はわりと頑丈なのが多い。
どこの建物も雨風を当たり前に凌げるのだから優秀だ。
その中でも特にしっかりした建物に住んでいるため、設備含め不便を感じたことはほぼない。
しかし、ふと思う。
(……机がないな)
独りのときは気にしたこともなかったが、少女にご飯を出すのに机がないというのはいかがなものだろうか。
思わず舌打ちを漏らす。
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ルイの舌打ちが聴こえて、少し驚き、奥が気になった。
ソファから降り、奥に向かってみる。
近づけば温かい。湯気がたっている。
そっと様子をうかがっているとルイに気づかれた。
「うん? どしたの?」
何かあったのかと首をかしげている。
「……舌打ちが聴こえた」
一瞬の静寂の後、
「あー、、聴こえちゃったか……」
ルイはばつが悪そうに苦笑いした。
(……よかった)
どうやらルイの機嫌が悪くなったわけではないらしい。
相変わらず穏やかな空気に胸を撫で下ろす。
「机がないなと思って」
「……へ?」
ルイの言葉の意味がわからなかった。
この曇天街において机なんてなくて当たり前だろうに。
「気にしないヨ……」
そう答えるので精一杯だった。
床に座ってスープをすする。
これまでは固いパンとか干し肉を主に食べてきた。
まあ、それ以外にも食べるものはあったが。
それでも温かいものなんて初めて食べた。
温かいだけでいつもの何倍も美味しく感じる。
いや、普通に味付けがうまいのかもしれないが、、私にはよくわからなかった。
「うん、おいしい」
素直に発した言葉にルイがほのほのと笑っていたからそれでいい。
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用意したジャガイモ入りのコンソメスープは問題なく美味しいと感じてもらえたようだ。
パクパクと食べている姿にホッとする。
そして、その食べ方に目を向ける。
(きれいに食べるなぁ)
スプーンを渡したがきちんとした使い方ができているようだ。
この曇天街でここまできれいに食べる人は珍しい。
「……スプーン使ってたの?」
「……」
どうやら答えたくないことらしい。
手を止めてうつむいてしまった。
(ふん、思い出したくないなら今はいいか……)
「そうだ、やっぱり君の名前がないと不便だと思うんだよね!」
分かりやすく話題を変えてみた。
顔をあげ目をパチパチさせている姿がなんとも愛らしい。
「ふふ」
笑いながら首をコテンとかしげ先を促す。
「なんて呼ばれてたの?」
「……キラー?」
なぜか疑問系で返された。
呼ばれ方など思い出したくないことに繋がるかとも思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
(それにしても、キラーとはまた物騒な)
つまり、この少女は殺し屋で生計を立てていたということか。
まあ、曇天街では珍しいことじゃないが。
曇天街に生きる者達は傭兵として雇われたり、殺し屋をしたり、そうやって小銭を稼いでいる。
「じゃあ……キラって呼んでいい?」
「キラ……?」
「金髪がキラキラしてるしぴったりの呼び名だと思うんだけど」
ニコニコと笑ってそう告げると驚いたように目を丸くして少女は自らの髪に触れる。
「キラ、、でいいヨ」
心なしか瞳もキラキラさせながらキラは答えた。
「ふふ、よかった」
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ルイの家にはシャワーまで付いている。
ここが曇天街だとは信じられないレベルのいい家だ。
ルイいわく「お湯がでなくてごめんね」ということらしいが、そもそもお湯が出るなんてイメージもできない。
シャワーを浴びて、タオルで拭いて用意されていた寝巻きを着る。
ちゃんと女物でなんかふわふわしたズボンスタイルのピンクの寝巻きだった。
いったいどこで手に入れたのか。
おそらく私が寝ている間に用意してくれたのだろうが。
(ほんと、フシギ……)
そして、夜ご飯の時のやり取りを思い出す。
『キラ』これが私の呼び名になるらしい。
キラーと呼ばれることに積極的な不快感を抱いたことはないものの、キラという名に感じた興奮や喜びもまた無かったのだから、私は気に入っていなかったということだろうか。
キラと呼ばれる私は今までと違うような感じがした。
自然と表情が緩む。
ルイが自分によくしてくれる理由はさっぱりわからない。
それでもキラという名をくれたルイのそばにずっといたい。
そんな気持ちを抱きながらソファに戻り、横になる。
ついさっきまで寝ていたようなものだが、それでもこの温かさにまぶたは自然と閉じてゆく。
(明日はどんな1日になるんだろう)
曇天街で初めて感じる明日への期待を胸に、眠りについた。
金髪の美少女の呼び名が『キラ』に決まりました!
いやーめでたい!