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クマの優しさ爆発です!
それもいわばパフォーマンス。
すぐにけろっとした態度に戻ったハヤテは、楽しそうな顔で私たちを見つめている。
(やっぱり図太い……)
「さて、曇天街の流儀で言えば悪いのはハヤテの方みたいだけど、これからどうしようか」
ルイが見つめているのは、ハヤテではなくクマの方だ。
問われたクマは顎に手をあて、思案する。
「一応、坊っちゃんはくま商店の上客だからな。できれば穏便にことを済ませたいんだが……」
上客を理由にしているが、おそらくそれだけが理由ではないだろう。くまは基本的にお人好しなのだ。
「クマだって四天王だ。雷帝のところに乗り込みでもすれば、さすがの雷帝もハヤテから身を引くと思うけど?」
とはルイの提案。
実際、ルイならそのくらい簡単にやってのける。
だが、クマはそれを望まないようだ。
「果たしてそれを穏便と呼べるのかって話だろうが」
「なるほど、それも含めての穏便か」
難儀なことだ。
クマは本当に困り果てているようだが、ルイはといえば余裕の表情でニマニマ笑っており、当事者のハヤテはといえば他人事のようにお茶をすすっている。
みなが点でバラバラな方向を向いているような、不思議な空間だ。
「キラ、どしたの?」
そんな想いが顔に出てしまっていたらしい。
ルイが不思議そうに聞いてくる。
「なんでもないヨ」
無表情でごまかせば、ルイは納得いかない様子ではあるがとりあえず引き下がる。いつものことだ。
「それで、ルイは、どうす、るの?」
「うーん、ハヤテは俺たちの家に棲みついてるからね、それを利用するって手もあるかなぁと思うんだけど」
計略するルイ、楽しそうでなによりだ。
「おじさん、お茶おかわり!」
大切な話をしているというのにこっちは本当に暢気なものだ。
「おうおう、待っとけ坊っちゃん」
それに対し呆れた顔はするものの、お湯を沸かし始めるのだから、クマは本当にお人好しで優しい。
「クマ、私にも」
便乗してみても、、
「嬢ちゃんもか。お茶美味しかったか」
「うん、おいし、い」
「そりゃよかった。なら、お茶請けにお菓子もいくつか持ってくるか」
「うれし、い」
この有り様だ。優しすぎる……。
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緊張感のない面々に思わず苦笑いをこぼす。
でも、曇天街で生きていくならこのくらいの図太さは必要かもしれない。
クマがハヤテとキラ、ついでに俺にもお茶を注いでくれて、場の空気はまったりムードだ。
キラは初めて食べる羊羮に瞳をキラキラさせている。
クマがお茶請けにと用意してくれたものだ。
ハヤテいわく、ウェザリアの老舗の有名な羊羮らしい。
「やっぱり緑茶には羊羮が合う! ねぇ? キラちゃん」
「うん、おいしい」
ハヤテはさっきまで呼び捨てだったキラをちゃん付けにした。俺のことも君付けで呼ぶことにしたようだし、、まあハヤテは年上っぽいから当然といえば当然か。
「ハヤテは何歳なの?」
「うん? 僕はね、22歳! ルイ君も同じくらいかな?」
「俺は16歳ですけど」
「うっそ! 大人っぽいね、ルイ君」
俺が年下だから君付けにしたわけではなかったらしい。
それにしても、22歳に間違われるとは、、俺そんなに老けてるかな?
「ダイジョブ、ルイは老けてないヨ」
とはキラの慰め。俺の心を読むとは、さすがだ。
気を取り直して、情報収集といこうか。
「ハヤテは得意なこととかある?」
「得意なこと? うーん、逃げ足の早さには自信あるけど」
「それは、曇天街で生きていくなら必要な技能だけどね。外界ではどんな生活してたの?」
「えーー、これまでは普通にアカデミー生活だよ」
「……アカデミーって、あの、学び舎のこと?」
本で読んだことのあるアカデミーに俺は憧れを抱いていた。
国によっては大学という呼び方のところもあるらしいが、とにかく勉強ができる場所というイメージだ。
「あのってどの? って感じだけど。アカデミーで数学を専攻してたよ」
「数学!」
「ま、日常生活ではなんの役にも立たないけどね」
羨ましい! あのアカデミーに通い、数学を学んでいたなんて。
だが、アカデミーに通えていたということはそれなりに裕福な暮らしだったことの証拠でもある。
それが今や曇天街暮らしとは、、切ない話だ。
「うん、だったら取引をしようか」
テーブルに肘をつき、手を組みそこに顎をのせながら、にっこりと笑って見せる。
「取引?」
ハヤテは面白そうと興奮ぎみだが、となりのクマは気が気じゃなさそうだ。キラは当然、羊羮のことしか考えていない。
「ハヤテは俺に勉強を教える。それを約束してくれるなら、これまで通り俺たちの家の1階を使ってもいいし、雷帝のところとも俺が話をつける。どうかな?」
さあどう乗ってくるか。
「えーっと、それのどこが取引なんだろう。薄々感じてはいたけど、ルイ君ってただの優しい人だね」
思わぬ返答だった。
「えっと、どういう意味?」
俺の疑問に、ハヤテはあっけらかんと笑って言いのける。
「勉強を教えるなんて、友達のお願いなら当たり前に聞くって言ってるのさ。仰々しく取引なんて言ってるけど、ルイ君も俺のいいようにしてくれただけだろう?」
なんて、なんて、きれいな。
これが外界の流儀というやつか。
「だから、取引なんて言わずに、こう言えばいいんだよ。友達になろうって」
(んっ!)
友達。本では読んだことがあるけれど、俺にはよくわからない概念だ。
「友達って、どういうの、なの?」
それを素直に聞けるキラが羨ましい。
「えー! キラちゃん知らないの? 友達はいろんな形があるけど、簡単に言えば、一緒にいたいと思える相手で、その人のためなら自分にできること全部してあげたくなっちゃう! みたいな?」
キラは首をかしげている。
「家族と何が違う、の?」
「家族は同じ家に住んでたり、血が繋がってたり、なんらかの繋がりがあるものだけど、友達はなんの繋がりがなくたってなれるんだよ!」
「私とハヤテは、友達?」
「僕はキラちゃんと友達になりたい。キラちゃんもそう思ってくれているなら、僕たちはもう友達だ!」
なんという暴論。だけど、キラは満足そうだ。
「じゃあ、私とルイは友達?」
「キラちゃんとルイ君は一緒に住んでいるんだろう? だったらそれはこい」
「ストップ」
危ない危ない。暴論の飛躍がすごいな。
「ま、とにかく、ルイ君には友達として勉強教えてあげるよ♪ だから、友達として僕のこと助けて、ね!」
なんだかむず痒い気分だが、俺が最初に言った取引と内容は変わっていないのだからうなずくしかない。
「なら、そういうことで……」
「うん! よろしく、ルイ君!」
そんなこんなで、どこまでもマイペースで図太い性格のハヤテは、俺にとって初めての友達となった。
ルイ、友達ができてよかったね♪
いや、それはキラもかな?




