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さて、今日は何が起こるかな?
「1階に誰かいる」
その日はそんなキラの進言から始まった。
2人で簡単な朝食を食べ終え、お茶をしているときのことだった。
「1階にゴロツキどもが入ってくることはよくあることじゃない?」
「…ちがう。誰かが棲みついてる」
「……嘘ぉ」
俺とて四天王の一角、気配には気づける方だ。
しかし、キラの言う誰かを察知できていなかった。
ただ、キラは俺よりも気配に敏感な人間なので、キラが誰かいると言うのならいるのかもしれない。呼吸を沈め、気配を探る。
「うーん、いないみたいだけど?」
「今は、いない」
「あれ、そうなの?」
「……いるときにルイに話そうと思ってたん、だけど、ルイがいるときはいつも、いないの」
「それは、なんというか、」
「あ、でも夜、ルイが寝てるときは1階にいるヨ」
「えー」
これは確かに棲みつく気満々だな。
だが、キラが放置していたことを見ると危険は少ないか。
「どうしよっか。今どこにいるかわかれば会いに行けるんだけど……」
「わかった。探して、みる」
「……どうやって?」
「声を、聞く」
「……?」
キラは両耳に髪をかけ、目を閉じた。
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昔から集中して耳をすませると世界の声が聴こえる気がした。
人がどこにいるかは気配でわかることも多いが、音で感じることも多い。
人々の内緒話、小さな虫の声、風の音や木のさざめき。
世界が自分に流れ込んでくるようなその感覚は嫌いじゃない。
「……見つけた」
耳をいつも通りに閉ざし、ルイに向き直る。
「え、えっと、、聞こえたってこと?」
ルイはぎこちない笑みで聞いてくる。
「そうだけ、ど?」
なにかおかしかったろうか。
「いや、うん。で、どこにいるんだい?」
パッと穏やかで明るいルイに戻ったので、問題はなかったようだ。
「くま商店にいる」
「ふぅん、なら今から会いに行こうか」
「うん」
お茶を飲み干し、グイっと伸びをしたルイは上着をとって羽織った。
「キラも羽織っていきな」
「……そんな寒い、かな?」
「たぶん今日は雨が降るよ」
「……雨?」
「そんな気がするだけだけど。雨の予測だけは外したことないんだよ、俺」
「なら、信じ、る」
まっすぐ見上げれば、ルイがふっと笑った。
それがなんだかむず痒くて私は上着をとる仕草でごまかした。
「ふふっ、かわいい」
「ルイ、うるさい」
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くま商店に到着すると紫の服を着た少年たちがクマと揉めている雰囲気だった。
(ふむ、クマが雷帝のところと揉めるのは珍しいな)
そして、クマの後ろには誰かが隠れている。
キラに視線を送るとうなずいて返された。どうやら、あの隠れてる人間が家に棲みついている奴らしい。
「これは何事だ」
店に一歩踏み出して、揉めている集団に声をかける。
キラは俺より少し下がった位置で警戒体制をとった。
「なっ、シロサギ!」
「おい、どうすんだよ」
雷帝の子分たちは俺たちの方の振り向き、狼狽える。
一方でクマは困った顔をして頭を掻いた。
「あー、小僧。すまねぇ、買い物だったらまた別の時間に来てくれねぇか」
これは本当に珍しい。いつもなら客を優先させるというのに。
「いや、買い物に来たわけではないからな。気にしないでくれ」
俺はクマの後ろに視線を送りつつ、話す。
その視線に気付いたらしいクマは少し腕を広げて、後ろの人物を庇うようにする。
「これは俺の案件だ。小僧には関係ねぇから帰ってくれ。また雷帝のところと揉めるのは小僧としても避けたいだろう?」
俺は雷帝の子分たちを見渡す。
数は6人。ステイ君のようなまとめ役がいないらしく、話が通じるかわからない。
確かに、ここでまた雷帝のところと揉めるのはまずいか……。
だが、明らかにクマの様子がいつもと違うのが気になる。
「ふむ、俺とて雷帝なんぞと揉める気はないが、クマの後ろにいる奴に用があるんだ」
一歩踏み出して雷帝の子分たちを威嚇しつつ続ける。
「さあ、退いてもらおうか」
子分たちは身体をピクッと震わせて後ずさる。
だが、うち一人はパニックになったのかこちらへ向かってきた。
う、うわぁーーー
ナイフを振り上げ今にも俺を突きつけんとするその男に、キラが飛び出す。俺と男の間に入り、男の眼前に短刀をまっすぐ差し出した。
あと1センチで目に突き刺さるというところで、2人は止まる。
っはっはっは
男は短く息を吐き出す。
そこへ、キラが殺気を込めつつ、
「ルイに手、出すの、許さ、ない」
言い放てば、男は腰を抜かし尻餅をついた。
ひとりがその男をしゃがみこんで支えたが、残りはみな震え上がっている。
(このくらい脅せば帰ってくれるかな)
「今すぐここを出ていくなら、見逃してやるが?」
俺がそういうと子分たちはそそくさと逃げ帰っていった。
キラが短刀をしまう。
「キラ、ありがとう」
「うん」
頭を撫でればキラは嬉しそうにスリスリした。
だが、空気が緩むことはない。
なぜなら、クマが全力で警戒しているからだ。
キラの頭から手をはずし、クマに目を向ける。
クマは後ろの人間をかばったまま、こちらを睨む。
「さすがシロサギってか。曇天街の空気悪くしよって」
(ああ、なるほど。軽蔑したか)
「ふっ。軟弱な四天王よりはマシだろ」
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ルイのここまで冷めきった声を聴くのは初めてだった。
これは怒り、、、ではない。
なんだろう? 哀しみ……?
いや、哀しみの空気はどちらかというとクマの方から……。
ルイが店の中に入りゆき、クマにあと1メートルくらいの距離まで迫る。
「それはともかく、後ろの奴を引き渡してもらいたい」
ルイが冷たい空気をしまって、ただ緊張感は孕んだ声で言った。
「嫌だと言ったら?」
クマは後ろの人間を庇ったままこちらを睨む。
「……嫌だと言ったら、、、」
ルイは一気に空気をほぐして伸びをした。
「事情を聞かせてもらおうかな♪」
いつも通りの明るい声に、クマの緊張も弛緩する。
私も、、ホッとした。
クマが庇っているのはだーれだ?




