挿話 力になりたい男の話2
大変おまたせしました。
まっつんの回想から始まります。
「もう、限界だ。こんな問題児、俺は手に負えない」
「ちょっと! あなた」
「子供の時だけかと思ったのに、大人に近づくにつれてどんどんひどくなるじゃないか」
「それは、」
「とにかく、俺は出ていく。はぁ、もっとはやく出ていけばよかったんだ」
父さんが家を出ていった。
すでに関係は冷え切っていたけれど、せめてもの責任感だけでここまでは育ててくれたんだと思う。
父さんが出ていって、玄関に立つ尽くした母さん。
最近は白髪が増えて、肌も荒れていっている。
能天気でいつも笑顔だったのに、いつから笑わなくなったんだっけな。
「俺なんか生まれてこなければよかったのにね」
小さな呟きは母さんに聞こえただろうか。
聞こえていたと思うが、母さんはなにも言わなかった。
「ごめんください」
「は、はい!」
ある日、突然の訪問者に、母さんが他所向きの笑顔を浮かべる。
久々に見た、母さんの笑顔だ。
母さんが玄関に向かうのを、廊下の端からちらっと伺う。
俺が顔を出したら、せっかくの母さんの笑顔も萎んでしまうから。
「すまない、旅の者なんだが、今夜一晩だけで構わないから泊めてもらえないだろうか」
「えっと、構いませんけど、でも、うちには……」
問題児がいますよ、って?
「うちには?」
「び、病気の人間がおりまして」
ああ、問題児じゃなかった。
病気だった。
「どんな病気だ? 治せない病気なのか? 知識はある方だから、なにか力になれるかもしれない」
「いえ、そういうのではなく。精神病的なもので」
俺は精神病だったのか。
「俺は全然気にしない。むしろ話がしてみたい」
「そう、ですか? だったら、どうぞ」
物好きもいたものだ。
―――それが、すぎたんだった。
ふぅ、なかなか細かくて解体しがいのあるメカだったな。
「うわっ」
斜め後ろに気配を感じて、見ると今朝訪問してきた旅の人が座っていた。
「よぉ、すげえな。3時間俺に気づかないとは」
ずっといたのか。
3時間も?
「なに、してるんですか。俺のことは放っておいてください」
面白がられるなんて反吐が出る。
「お前、俺と同い年くらいだよな? 次、アカデミー入学するくらいだろ?」
同い年だったのか。そうは見えない。
「……そうだけど、俺はアカデミーは行かないと思うよ」
「どうしてアカデミー行かないんだ? 機械いじりが好きならそういうことを学びにいけばいいじゃねえか」
すぎたんの第一印象は 快活 だったろうか。
自信に満ち溢れていて、なににも物怖じしない。
だから、俺のことも面白がってつついてきた。
「俺は、学ぶことに興味ないんだ。機械いじりは好きだけど、誰かに何か指図されていじるのは嫌い、だと思う」
「ふぅん」
どうしても、ダメだとわかっていても、メカをいじらずにはいられない。
そんな俺は誰からも疎まれる。
アカデミーなんて、行く意味ない。
行っちゃいけない。
また問題起こして母さんを困らせちゃうし。
「あー、だったら、俺と同じアカデミー行かないか?」
「……なんで」
「お前が自由にメカをいじれる環境を俺が作ってやるよ」
どこまでも自信満々に、意気揚々と告げられて、憑き物が落ちた心地がした。
馬鹿みたいだ、こんな初めてあったばかりの、胡散臭い男の戯言を信じるなんて。
それでも、なんだかその戯言にのってみたくなった。
「嘘だったら許さないから」
「おう! 任せとけ!」
同じアカデミーってのが、まさか世界一頭のいい聖パール学園だとは思わなかったけど、でも、すぎたんの言葉に嘘はなかった。
すぎたんのとなりは俺が俺でいられる唯一の場所。
ただ、俺のとなりにいても、すぎたんはすぎたんではいられないらしい。
いずれ俺もすぎたんの居場所になれるだろうか。
相談事があったら相談してくれるような、そんな存在になれるだろうか。
.。o○
「まっつん、どうした」
あ、すぎたんとの出会いを思い出している間、固まっていたからか、じーっと観察するような視線を向けられる。
「すぎたん、、」
どう言葉にしていいのかわからない。
すぎたんとかアリアさんみたいにうまく伝えるとか俺にはできないから。
「俺は、」
「ん?」
「付いていく、よ」
「付いていくって?」
「すぎたんがどんな道に進もうと、付いていく」
少しばかり目を見開いたすぎたんは、次の瞬間には怒ったような顔になる。
「何言ってるんだ、お前の才能は凄いんだぞ。メカいじりはもちろん、頭だって最高にいいんだ。どんな道だって歩める。俺についてきたって才能の持ち腐れになるだけだ」
優しいから怒ってくれている。
自分の利益なんかお構えなしに、俺の利益だけを考えてくれている。
「俺は俺の才能とかどうでもいい。ただ、すぎたんの隣にいるのが1番楽しい、から」
「嬉しいけどな、馬鹿なこと言うな。」
「ごめんね、馬鹿で」
「おい、まっつん」
これ以上話しても埒が明かない。
どちらも譲らないと思うから。
なら、と席を立って、注文カウンターに行く。
「おばちゃん、トムヤムクンとガパオライス大盛りで」
「おや、やっぱり食べるのかい。今日はまだ3皿ずつしか食べてなかったから随分少ないなって心配してたんだよ」
いつもは10皿近く食べるからね。
そんな僕を変だなんて馬鹿にしない優しいおばちゃん。
「うん、さっきまで食欲なくて。でも、もう大丈夫」
「よかったよかった。じゃあ海老トーストもサービスでつけとくよ」
「わ! やった! ありがとおばちゃん」
サービスって量じゃない大皿いっぱいの海老トーストに顔がほころぶ。
あ、でも、トムヤムクンとガパオライスに海老トースト、一度に持ちきれる量じゃないや。
「まったく、おばちゃんたちはまっつんに甘いな。この量がサービスって」
「あ、すぎたん」
いつの間にか隣りに来ていたすぎたんが海老トーストの皿を持って席に戻る。
さっきまで口喧嘩モードだったのに、どんな状況でも優しい。
僕も席に戻りつつすぎたんに声をかける。
「海老トースト、一緒に食べようよ」
「ま、ここのは絶品だからな」
「うん!」
やっぱりすぎたんの隣にいるのが1番楽しい。
すぎたんとまっつん。
二人のこれからに幸多からんことを。




