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29話 問題

 土砂降りのなかを歩く。


 一つの傘の下に二人。俗にいう相合傘だが、そんなロマンティックな雰囲気ではなかった。


 暗く重苦しい雰囲気。さっきからずっと一言もしゃべっていない。


「……」


 藤咲は、顔をうつむけている。


 この雨のなかを、一つの傘だけではカバーしきれない。お互いに、肩の部分が濡れている。足元もおぼつかなく、靴の中には大分水が入ってしまっていた。


 どうしよう、と悩んでいた。

 藤咲をあのままにしておくことができず強引に傘に入れてしまったが、このあとどうすればいいかなんて考えていなかった。


「なぁ」


 傘を叩く雨音に負けないよう、少し大きめに声を出した。


「まだ、話す気にはならないか……?」


 藤咲の目線が、俺に向けられる。

 その瞳がうるんでいるのは、ずっと口を閉ざしていた罪悪感か、それとも助けてほしいという懇願のまなざしなのか。俺には判別できなかった。


「……ぇ……った……」


 何事か喋っているが、あいにくと雨のせいで聞こえない。俺は、耳を指さして、「もう一度言ってくれ」と頼んだ。


「いつから……知ってたの?」


 今度はなんとか聞きとれた。傘が壊されたことを瞬時に理解して、驚いたようなそぶりも見せなかった。だから、その結論に至ったのだろう。


「……二週間前くらいだ。藤咲が、昇降口で上履きから画鋲を取り除いているのを見てしまった。それからずっと気にしてた」

「そうなんだ……」


 事実を知った藤咲の次の言葉は、「ごめんね」だった。やはり、さっきの目は、罪悪感によるものだったのだと思った。


「結局、迷惑かけちゃったね。そのうち終わると思ってたから我慢してたんだ。わたしが我慢していれば、済むことだと思ったから」

「傘……やっぱり……」

「うん。あれ、わたしの傘。まさか、ここまでされるとは考えてなかったな」

「あのまま、俺が帰ったらどうするつもりだったんだ?」

「それは……」


 おそらく、何も考えてなかったんだろう。傘がある程度残っていたとはいえ、他の人が使うかもしれない状態。藤咲の性格を考慮すれば、絶対に使わなかったと思われる。最悪、雨の中を走っていくつもりだったのかもしれない。


「犯人の心当たりはあるのか?」

「ううん」

「嫌がらせ自体は、あの告白があってからか」

「うん」


 ここまでは俺の予想通りだった。


 藤咲は優しすぎる。こんな状況でも、無理に犯人を突き止めようとしない。気が済むまでやらせて、沈静化するのを待つつもりだったのだろう。


 だが、もう放置していい段階じゃない。必ず犯人を暴き出して、これ以上のことをさせないようにしかるべき処置をとらなければならない。


 それくらい、今日の出来事はひどいと感じた。


「わたし、こんな目に合うの、初めてなの」


 藤咲の肩が歩くたびに揺れている。


「前に、言ったけど。わたし、ずっと私立の女学校にいたの。みんないい子たちばかりだったし、色恋沙汰もなかったから、すごく平和だった。こんなふうに、誰かに悪意を向けられるなんて、ありえなかったの」

「うん」

「だから、びっくりしちゃった。初めての嫌がらせは、わたしの筆箱がなくなったこと。自分でなくしたんだと思ってたけど、それから変なことが次々起こるようになって、だんだん、これは誰かにされたことなんだって、気づいて……」

「うん」

「ちょっと……辛かったな」


 初めて見せてくれた、藤咲の弱音。ようやく心にしまいこんでいたものを吐き出してくれて、俺はほっとしていた。


「先生には、話したのか?」


 藤咲は首を振る。


「うちの先生ね。たぶん相談したら、話を大きくしそうだから。あんまり人に知られたくなかったの。すぐ終わると思ってたし……。ちょっと、甘く見すぎだよね」

「まだ、誰にも話してない?」

「うん。今日、初めて大楠君に知られちゃった」


 よく、一人だけで耐えてこられたな、と思った。こんな理不尽な仕打ち、俺だったら絶対に耐えられなかった。


 犯人は藤咲の優しさに甘えているだけだ。どういう事情かは分からないが、自分の勝手な感情をぶつけている。何も言ってこないことをいいことに、どんどんエスカレートして、息をするように嫌がらせを繰り返している。


 醜悪だ。吐き気を催すレベル。


 俺は知っている。こういう思考パターンに陥ってしまう人間を。


 ……かつての俺自身もそうだったから。


「犯人を捕まえよう」


 俺は、藤咲の目を見てはっきりと言った。


「たぶん、犯人を見つけて、直接問い詰めない限り、この嫌がらせは止まらない。いつまでも調子に乗って、嫌がらせをつづけると思う。こんなこと絶対だめだ。許しちゃだめだ。これは藤咲だけの問題じゃない。俺の問題でもある」


 もう、藤咲だけに抱えさせるわけにはいかない。


 藤咲は大事な友達だ。高校に入ってから楽しく過ごせたのは、藤咲のおかげでもある。そんな藤咲が苦しんでいるのであれば、手を差し伸べるのは当然だ。


「大楠君の問題……?」


「そうだ、藤咲。俺だって、藤咲のつらそうな顔は見たくないからな」


 足を止める。藤咲は、黙って俺を見ていた。


「ありがとう……」


 そのとき、久しぶりに藤咲の笑顔を見た。

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