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43話 休憩

 その日の夜、俺のスマホにメッセージが入った。


 画面を開くと、そこには、ある人の名前が表示されていた。


 江南 梨沙:起きてる?


 すでに、23時を過ぎている。俺は、休憩のためにリビングで麦茶を飲んでいた。


 大楠 直哉:起きてるけど、どうした?


 もう、江南さんからラインが来ても驚くことはない。コップの中をすべて飲み干す。


 江南 梨沙:やっぱり、勉強頑張ってるんだ


 大楠 直哉:ああ


 明日、俺は、すべての片をつけに行く。心は決まっていた。


 だからといって、中間テストの成績を落とすつもりもなかった。今日中にできることは全て済ませる勢いで机に向かっていた。


 大楠 直哉:江南さんは?


 そう打つと、しばらく間があった。やがて、写真が送られてくる。


 拡大すると、ノートと教科書が広げられていた。前に教えていた数学だった。どうやら、テストに向けて江南さんも勉強していたらしい。


 つづけてラインが送られてくる。


 江南 梨沙:赤点回避はする


 前に俺が言ったことだ。律儀に守ろうとしてくれている。


 大楠 直哉:がんばれ


 きっと、江南さんにも背負うものはあるのだろう。勉強のブランクを埋めるために、今なおペンを動かしつづけている。以前の江南さんから考えるとあり得ない変化だ。


 ふと、思い立って、すぐにメッセージを送った。


 大楠 直哉:西川にも教えてやれよ


 西川の寂しそうな顔を思い出す。お互いがお互いを大切に思っているのであれば、ちゃんと自分の気持ちを伝えてほしいと思った。


 江南 梨沙:なんで?

 大楠 直哉:西川から聞いたぞ。江南さんとまともにラインしたことがないって

 江南 梨沙:西川、そんなこと気にしてたの?


 やはり、江南さんに大した意図はない。そういう細かいところに無頓着なだけだ。


 大楠 直哉:俺とライン交換したと聞いて、焦ってた

 江南 梨沙:なんで笑

 大楠 直哉:江南さんの一番の友達と思ってたからじゃない?

 江南 梨沙:そんなに気にするようなことじゃないと思うけど


 そうかもしれない。江南さんと西川の友情が確かなことは、重々承知している。


 でも、だからこそ、伝えるべきことは伝えてほしかった。


 大楠 直哉:いいからさ。勉強頑張ってること、西川にも言ってやれよ。喜ぶと思うからさ


 江南 梨沙:そこまで言うなら……


 俺は、リビングのソファに腰掛ける。スマホをテーブルのうえにおいて、大きく息をついた。と、3分くらいしてスマホが震える。


 江南 梨沙:即返信来たんだけど……しかもめっちゃテンション高い

 大楠 直哉:ほら、言っただろ

 江南 梨沙:そんなにうれしいものなんだ


 別に、江南さんに悪意なんてない。それでも、ちゃんと考えないと大事なところで見落としてしまうことがある。


 そういうものなんだと思う。


 江南 梨沙:赤点回避するって言ったら、泣いてる絵文字が送られてきた

 大楠 直哉:それだけ心配だったってことだろ

 江南 梨沙:そうなのかな


 西川と江南さんが、どのようにして今の関係に至ったのか、俺は知らない。それでも、二人だけの歴史や思い出があるはずだ。


 だから、俺にできることは、これくらいのことだけだ。


 江南 梨沙:たまには、西川にもラインするようにしようかな

 大楠 直哉:そうしたらいいと思う


 俺のおせっかいかもしれないが、二人には仲良くしてもらいたかった。


 気づけば、視線はリビングに置かれている仏壇に注がれていた。毎日俺がお茶と米を供えている。母親の写真と目が合う。


 その目は、俺を責めているようにも、許しているようにも見えた。だんだんと、目を合わせているのがつらくなり、天井を見上げた。


 蛍光灯の光がまぶしい。手に持ったスマホがまた震えている。


 江南 梨沙:ホント、真面目だよね


 真面目、ね。俺の過去を知らなければ、その言葉で片がついてしまうだろう。


 俺が荒れていたことを知っている人は、今の学校にはいない。幸運なことに今まで隠し通すことができている。中学生のとき、俺に知り合いなんてほとんどいなかった。不良をやめた俺に待っていたのは、クラスメイト達の冷たい目線だった。


 仲良くなることなんてできなかった。


 大楠 直哉:まあな


 本当は、俺の過去を聞いたことがある人もいるかもしれない。でも、今の俺から当時の俺を結びつけるのは困難なはずだ。


 江南 梨沙:また、一位狙うんでしょ

 大楠 直哉:当たり前だ


 もう、自分の価値を見出したいとか、そんなことは考えていない。


 俺の頭にあるのは、自分のやるべきこと。成し遂げなければならないこと。


 誰にも話したことはない。それでも、俺は常に一番であり続けなければならない。

 たとえ、それが自己満足であったとしても。


 江南 梨沙:わからないことができたら教えてよ


 もう、勉強に戻るようだ。俺も打ち返す。


 大楠 直哉:お安い御用だ。


 そこで、ラインが止まった。


 江南さんと話して、少し気持ちが楽になっている自分がいた。山崎と話していたことを、勉強中も脳裏をよぎった。あまり集中できていなかった。


 でも、自分の気持ちを吐き出すことで、もやもやが薄まっていく。江南さんに感謝だ。


 まだ、俺は頑張れる。そう思った。

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