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36話 噂

 俺にとって、江南さんはすでに友達なのだろうか。一番仲のいい、齋藤や進藤よりも話す頻度が多くなっている。冷たい顔よりも笑ったときの顔。無口な印象よりもからかい気味に話す印象のほうが強くなってくる。


 この不思議な関係は、金曜日になってもつづいていた。


「おはよう」

「ああ、おはよう」


 朝の挨拶。


「さっきの授業の内容、わかんなかったから教えてよ」

「まあいいけど」


 授業後。俺の席に来た江南さんは言う。


「一緒に帰ろ」


 そして、放課後。江南さんは、正門の前に立つ。


 結局、この週はずっと江南さんと一緒にいた気がする。徐々にそれが当たり前と感じられるようになった。つい、先週まで、闇のベールに包まれていた。けれど、少しずつ気安い仲に変わっている。


 家に帰った俺は、着替えたあとリビングに入る。


 家の掃除をし、ご飯を作り、片付けを終えたあと、ラインの通知が入っていることに気がついた。


 もしかして、江南さんか?


 しかし、画面を見ると、別の人の名前が表示された。


 藤咲 詩織:今、大丈夫?


 珍しいな、と思う。藤咲ともラインのIDを交換していたが、ラインを通じて連絡することは少なかった。


 台ふきんを水で洗い、小型のハンガーに干す。手をタオルで拭いた。


 大楠 直哉:大丈夫だけど、どうした?


 中間テストのことだろうか。つづけて、藤咲からメッセージが届く。


 藤咲 詩織:訊きたいことがあるの

 大楠 直哉:何?


 以前にも、テストの前にわからないところを訊いてきたことがあった。だから、その言葉を見て、同じようなことなのかなと勝手に思う。


 でも、今日は違っていた。


 藤咲 詩織:江南さんとのこと、すごい噂になってるけど、なにかあった?

 大楠 直哉:噂?

 藤咲 詩織:うん。……もしかして付き合ってるんじゃないかって。


 目を疑った。俺と江南さんが付き合ってる? そんなことあるはずがないじゃないか。


 大楠 直哉:いやいや、違うよ


 一緒に帰っているところは、いろんなやつに目撃されている。だから、多少、噂にはなっているだろうと思っていた。だが、本当に付き合ってると思われるなんて。


 大楠 直哉:江南さんの性格を知ってるだろ? 急に誰かを好きになるようなことがあると思う?


 返信はすぐにくる。


 藤咲 詩織:思わないけど。でも、最近の二人を見ていると、すごく仲良さそうだから。


 ぴたりと、指が止まる。


 藤咲 詩織:江南さん、大楠君といると楽しそうにしてる。


 メッセージがさらに届く。


 藤咲 詩織:大楠君も、ちょっと楽しそう。


 驚く。

 俺が、楽しそう……? 周囲からは、そう見えているのか? 俺としては、友達が一人増えただけの感覚でしかない。


 大楠 直哉:普通に話してるだけだよ。どうしたんだよ、急に。

 藤咲 詩織:困らせちゃったらごめんね。でも、どうしても気になって。

 大楠 直哉:いや

 藤咲 詩織:もしかして、勉強してた?

 大楠 直哉:まだだよ


 事情をある程度把握している藤咲でさえも疑っている。もしそうならば、全然事情を知らない他のクラスメイトはどう思っているのだろうか。


 大楠 直哉:意外と、話してみると馬が合ったんだよ。それだけ。

 藤咲 詩織:……江南さんってかわいいよね。

 大楠 直哉:美人だと思うけど、それが?

 藤咲 詩織:なんでもない。


 俺と江南さんが付き合っていることを、一番疑っているのは藤咲なのかもしれない。どう言おうと疑いが払しょくされることはなさそうだ。


 大楠 直哉:勉強のほうは、どう?


 話題をそらす。少し遅れて、返信がきた。


 藤咲 詩織:順調に進んでるよ。だって、勝負するって決めたもんね。

 大楠 直哉:そうだな。勝ったほうの言うことを聞くんだっけ。

 藤咲 詩織:うん


 勝負しようがしまいが、俺は負けるわけにはいかない。だから手を抜く気はない。


 藤咲 詩織:わたし、絶対負けないよ


 藤咲らしからぬ強い言葉だ。


 どうして、今さら俺に勝負を持ちかけたのかはわからないけど、何かしら理由があるのかもしれない。でも、俺にしてもらいたがっていることってなんだ?


 大楠 直哉:お互い、頑張ろう。


 藤咲も返す。


 藤咲 詩織:うん


 そこで、ラインの会話は止まった。どちらが言うでもなく、勉強しなければという使命感に駆られた結果だろう。


 スマホの画面を消す。炊飯器のタイマーを確認してから台所から出る。


 風呂に入って、それから勉強しなきゃな。


 そう思い、リビングから足を前に出したところで、ちょうど風呂から上がってきた紗香さやかとぶつかりそうになる。


「お、悪い」

「ん」


 紗香は、そのまま通り過ぎ、階段をのぼりはじめる。が、半分くらいまで行ったところで立ち止まった。


「どうした?」

「……クソ兄。春が来ておめでとう」

「……もしかして、江南さんのこと言ってる?」


 紗香がうなずく。学年を飛び越えて噂になっているんだな。江南さん有名だもんな。


「違うからな。あらかじめ言っておく」

「付き合ってるんじゃないの? クソ兄が、告白したってことになってる」

「告白? ないない」


 すでに、尾ひれがつきまくっているらしい。


「付き合ってないんだったら、なんであの美人と一緒に帰ってるのさ」

「俺にもよくわからん」


 説教のこと抜きで、今までの経緯を説明する。しかし、にわかには信じられないようだ。何とも言えない表情で俺の話を聞いていた。


「……なんにせよ、このままだとクソ兄とあの美人が恋人ってことにされるよ。あたし、なぜか二人の馴れ初めがどうだったのか訊かれたもん」

「それは、すまん。ほんとに付き合ってないんだがなぁ」

「そう」


 とりあえず、風呂に入るから、と言って、その場を離れようとする。

 しかし、妹から、さらに追撃の言葉があった。


「もうひとつ、話がある」

「え?」


 振り返った先に、紗香の真剣な表情があった。


「クソ兄の友達だった――山崎って人に、今日会った」


 足が動かなくなった。

 本当の意味で凍り付いたのは、このときだった。

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