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23話 検証

 翌日の朝。教室の前に来て、俺は深呼吸を繰り返す。


 昨日は、江南さんが真面目に登校するという珍事が起きた。だが、今日もつづいているとは限らない。朝早く登校してくることは悪いことではないが、なぜか巻き込まれるのは俺だ。おかげで心が休まらない。


 ドアを静かに開け、教室の内部を見渡す。


 窓際の席。一番後ろの席を見ると、その席には誰もいなかった。

 ただ、そばのカーテンがふんわりと風に揺られているだけだ。


 ――なんだ、いないじゃないか。

 俺は胸をなでおろす。


 そのまま中に入ろうとしたところで、肩を叩かれた。


 誰だ。そう思って振り返って、その場から動けなくなる。


「おはよう」


 そこにいたのは、江南さんだった。ちょうど登校したばかりのようだ。肩に学生鞄がかけられている。


「…………」

「おはよう」


 繰り返されて、俺ははっとなる。そして慌てて返す。


「お、はよう」


 江南さんはそれを聞いて、俺を追い抜いて自分の席まで歩いていく。


 クラスメイトも江南さんの姿に気づき、注目していた。昨日だけの気まぐれではないのだと改めて思い知らされる。江南さんの言葉に嘘はなかった。これから毎日、きちんと登校して、真面目に授業も受ける。本当に、江南さんは生活態度を改善するつもりなのだ。


 ずっと立ち尽くすわけにもいかないので、俺も自分の席へと向かう。話しかけられていたことに気づいた一部のクラスメイトの視線が突き刺さる。昨日の昼休みと相まって、訝しく思っていることだろう。

 自分の席に座り、いつもどおり勉強道具を取り出そうとしたところで、誰かが目の前に立ったのがわかった。顔を上げるとそこに藤咲がいた。


「おはよう、大楠君」


 少し安心した。また、江南さんが来たのかと思ってしまった。


「おはよう、藤咲。今日はいつもより早いんだな」

「うん……」


 後ろのほうにある藤咲の席を見ると、問題集らしきものとノートらしきものが机のうえに広げられていた。おそらく、勉強をしていたのだろう。つい忘れそうになるが、中間テストが来週から始まる。


「昨日につづいて、江南さんに話しかけられてたね……」


 小声でそう言われる。どうやら、俺を心配して来てくれたみたいだ。


「まぁな」

「なんか、言われたの……?」

「いや、挨拶されただけだ」


 昨日、昼休み中に会話しているところを藤咲も見ていた。なんで江南さんがそんなに俺に絡むのか、不思議に思っていることだろう。だが、俺自身分かっていないので、何とも言えないところだ。


「なんで、って俺に訊かないでくれ。たぶん、藤咲と同じ気持ちだ」

「うん。そうだよね」

「……ちなみに、これからは生活態度を改めるという本人の宣言を聞いた。その言葉通りなら、一応、先生に頼まれたことは達成できたことになる」

「え?」


 江南さんに聞こえないくらいの大きさで、言われたことを藤咲に教える。ただ、その際に一緒に帰ったことは伏せておいた。待ち伏せされたなんて言ったら、藤咲がさらに心配してしまうと思ったからだ。


「そうだったんだ……。確かに、今日も朝早いもんね」

「だから、もしかしたら江南さんの心境に変化があったのかもしれない。今なら、藤咲が話しかけてもまともな会話ができるんじゃないか?」

「あ、そうかも」


 もともと、藤咲は江南さんに興味があったはずだ。今までは無下にされてきたみたいだが、ニューバージョンの江南さんならば期待は持てる。


 それに、他の思惑もあった。


 今のところ、俺と西川以外でまともに会話している姿を見たことがない。俺に興味があると言っていたが、他にも会話が成立する人間がいるのであれば、俺だけが例外ということにならなくてすむ。そういう意味で、一度藤咲には試してもらいたかった。


 藤咲は、大きく息を吸って、小さく「行ってくる」と言った。そして、ゆっくりと江南さんのもとまで歩いていく。


 俺は、後ろを向いて、様子を見守る。他のクラスメイトも藤咲に気づいたようだ。視線が窓際後方に集結する。


 机の横にたどり着いたところで、江南さんも気づく。いつも通りのつまらなそうな顔で藤咲を見ていた。


 藤咲が声をかけている。何を言っているのかまでは聞こえない。たぶん、天気とか学校のこととか、さしさわりのない話題を選んでいるのだろう。


 しかし、江南さんの表情に大きな変化はなかった。


 帰り道で見せた笑顔が嘘のように、冷たい表情をしている。先週までと違い、完全に無視しているわけではないが、まともに言葉を返していないことはわかる。あまり興味がなさそうだ。頬杖をずっとついたままだ。


 一分くらい経ったところだろうか。藤咲が諦めたらしく、俺の席まで戻ってきた。


「む、む、無理だったよ~」


 やはり、うまくいかなったようだ。俺の袖にすがりつく。


「様子はどうだった?」

「前よりマシだけど、もう全然人間を見る目じゃなかった……。怖かったよ~」


 袖を前後に動かされる。あの一分間がよほどつらかったみたいだ。


「すまん。やはり人間というのはそう簡単に変わらないものなのか……」


 しみじみそう言うと、藤咲がふくれた顔をする。


「ひどいよ~、大楠君」


 だが、これで証明されてしまった。どうやら、俺が「特別」の一人にカウントされてしまったのだということ。新たに会話が成立するようになったのは俺だけのようだ。

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