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01『最初の異変と出会いの始まり』


 『ユグド』


 いつしか現れたその広大な世界を、人々は知らず知らずのうちにそう呼ぶようになっていた。

 あらゆる時空、次元の中心にある世界。無数の可能性への橋渡しとなったその楽園は、時に人々の争いの舞台となり、また時には行き場の無い者達の揺り籠にもなった。

 遠い、遠い宇宙の彼方の中心の、まだまだ私達の地球に住まう多くの命がその存在に気付かなかったあの日……。

 終着点の無い旅路の始まりは、まさにあの時だったのだろう。



 2020年、地球。神奈川県古天市。

 何の変哲もない、首都の外側に置いて行かれたこの町に、私は電車を乗り継いで訪れていた。

 とある一人の作家に取材をする為に訪れたこの私、刹影城サツエイキ リコはネットニュースの記事を作成する所謂ライターとしての仕事を務めている。かつて新聞記者だった姉の背中を見て後を追い続けた私は、何事も西へ東へ実際に足を運んでこの目で確かめた真実のみを伝える為に始めたこの仕事を、何だかんだ愛している。

 それ以外は、どこにでも居るごく普通な二十歳の女だと、私は思う。少なくとも、仕事柄今まで関わって来た奇人変人と比べれば、私なんてまだまだ可愛い甘ちゃんだ。

 そんな私は今日、先ほど述べた通りこの町に取材目的で訪れていた。と、言うのも昨今の文学ブームに乗っかり正に今を輝く作家達の事を記事にしようと息巻いた私は各所の作家達にアポイントメントを申し出たがどこの馬の骨とも知らない私の事は当然ながら軒並み断られてしまい、どうしたモノかと頭を抱えていた時にこの町に住まう一人の作家と名乗る人物とコンタクトを取る事が出来たのだ。

 そんなこんなで人通りの少ない寂れたこの町での待ち合わせ場所である裏路地方面にひっそりと店を構える喫茶店へと向かっているのであった。


 が、しかし……。


「なんで……!こんな事に……!!!」

「逃げないでよぉ、ここに来て初めての獲物なんだから!」


 狭い一本路地、その背後より迫り来る、甲高い声と硬い足音……そして無数の粘着質の糸、糸、糸。

 私の左腕に絡みついた糸は何度振りほどこうと一向に剥がれる気配を見せない。それどころか背後から迫り右へ、左へ、上へと縦横無尽に飛び回る足音の主から逃げるので精一杯で糸を振りほどくどころではないのだ。


「なんなの……アレは……!」


 裏路地へと入り込んだ私の頭上から襲い掛かって来たあの影……人のカタチをしていながらも、細長い異質な腕と粘着質の糸を吐き出すその姿は紛れもなく『蜘蛛人間』と形容するに相応しいモノに違いなかった。

 私の事を『獲物』と呼ぶからには、彼女の狙いはただひとつに違いない……!


「ちょっとでいいから齧らせて!」

「い、嫌です!!!」


 私を食うつもりだ!


「きゃっ!」

「やっと立ち止まってくれた!」


 脚に絡みつく見た目以上に強靭な糸。歩みを急激に抑え込まれた私は前につんのめり、硬いコンクリートの地面に額を打ち付けて膝を付く。

 そんな私の目前に降り立つあの人影。吸い込まれるような黒に毒々しい赤が差し込まれた髪をうねらせたその女は、背中からまさに蜘蛛の脚としか言いようのない細く鋭い腕を揺らめかせる。よく見るとその腕は機械仕掛けのようで、夕焼けに照らされ不気味に妖しく、金属質に煌めいた。

 直後、牙が生えそろった口から吐かれる白い糸によって、私はぐるぐる巻きにされ身動きが取れない状態にまで拘束されてしまう。


「やめてください……」

「ここまでしてやめろって言われてもね?あなたは今ここで、お腹を空かせたワタシに食べられるの。髪の毛一本残さずに、ね」


 私の頬を撫でる、棘のように鋭い蜘蛛の脚。少し肌を撫でただけで皮膚を裂き、血を滲ませるほどの鋭さを持ったその脚は、次第に私の顎の下、首筋に突き立てられる。


「まずは喉を潰して悲鳴をあげられないようにしてあげる……それからゆっくりあなたの肉を溶かしながら、あなたの『人間』の部分だけ頂くわ」

「何言って……」

「分からないのならそれでいいわ!まずはその喉を掻っ切らせてもらうわ!」

「っ!」


 振り上げられる脚。鈍く輝いたその切っ先に咄嗟に眼を閉じた私の耳に響いたのは、みずみずしく重く惨い音。

 咄嗟に覚悟を決めた私の聞いたその音だったが、しかしそれは――明らかに喉元から発せられたモノではなかった!


「うぐっ……な、に……?」

「随分待たせる上に騒がしいから来てみれば……」


 ゆっくりと目を開けた私が見たのは、腹部を押さえ口から真っ赤な血を吹き出しながら後退る蜘蛛人間の姿だった。

 そんな彼女の目線の先に立っていたのは、全身漆黒に着飾った一人の女。黒いグローブを装備した手には、私も見るのは初めてなホンモノの拳銃が握られていた


「こんなド田舎惑星にまで出張してきて居たとはなぁ、ウィード」

「おま……えは、『ブレード・ルイナー』……!?」

「あーっ、いや、違うな。僕は……」


 引き金に指をかける女は、ただ一瞬、意地悪そうに微笑んだ。


「ただの作家だよ」

「……まさか!?」


 腹底を打ち上げるような音と共に放たれた弾丸を、勢いよく細い蜘蛛の脚で地面を蹴り飛ばす事で避け、壁に貼りつくウィードと呼ばれた蜘蛛人間。

 それに容赦なく追撃を仕掛けるように銃口を向けなおし、引き金を引き続ける彼女……先ほどの発言や、自らを作家と名乗ったという事は、間違いなく……。


「ぎゃっ!」

「よぉし、2ヒット!」


 壁を這いずり回っていたウィードは背中を撃ち抜かれ、勢いよく地面に体を打ち付けた。

 四つん這いになり、まさに蜘蛛のような姿勢で睨むウィードに歩み寄る女。その隙を突こうとしたのか、ウィードが勢いよく飛び掛かるが、何処からともなく女が出現させた刀で鋭い脚を弾き飛ばし、攻撃を受け付けない。


「なんなのよ……せっかくこんなド田舎まで遠征してきたって言うのに!」

「そんな残念な君に一つアドバイスをしてあげよう」

「なによ!」

「田舎のメシが旨いっていうのは勘違いだ、ウィード。何事も結局は地元の味がイチバンってモンなのさ」

「そんなの……食ってみなきゃ分かんないでしょう!」


 蜘蛛の糸を吹き出し、再び襲いかかるウィード。

 しかしその一瞬を目で見切った女は、蜘蛛人間の眉間に向けて迷いなく刀を突き立てた!


「ま、君はもう確かめる事なんて出来ないけど」

「あ、が……」


 頭部を刃が貫通し、白目を剥いたウィードはそのまま地面に倒れ伏し、動かなくなった。

 刀に接続されていたカセットテープのようなモノを引き抜くと女は静かにそれを懐に仕舞う。


「さーてと、捕獲完了っと」

「あなたは……」

「ん?おー、まだ生きてたんだ」


 私が唖然と声をかけると、彼女はこちらに眼を向け、歩み寄って来た。


「何にも喋んないから死んでるのかと思った」

「あなたが……斑目マダラメイル?」

「そうそ……あ、イルでいいよ。斑目ってのは偽名だから、刹影城リコさん?」


 体に巻き付いていた糸を意とも簡単に刀で切り解いてくれた女……イルは、私に手を差し伸べた。

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