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44.死ぬよりイヤ

44.死ぬよりイヤ




 ――――この人達、嫌い。大っ嫌い!


「何だその目は」

 バロッサが不快そうに顔を歪め、ガラルドがソファから立ち上がってミウの側に近付くと顔を掴んでいた男に手を離させ、ボールを踏みつけるような気軽さでミウの頭を靴底で踏みにじる。


 ――――痛い。でもっ。


 泣くもんか。

 ミウは声を上げずにきつく目を閉じる。


 ――――こんな、人達の前で、絶対泣かない!


 グリッと硬い靴底が髪を巻き込むように動いて、髪がブチブチと数本たまらず切れたり抜けたのがわかる。ハゲたらどうしてくれるんだ。

 ストレスでハゲる事はないが、これは物理的にハゲるかも知れない。

「生意気だな。声一つ上げないなんて。立場がわからないのか、このゴミが!」

 再び髪を掴まれ、顔を上げさせられる。

 その顔を、ミウは真っ向から睨み付けた。

「このっ」

「ガラルド。やめろ。魔石に傷でもついたらどうする」

 バロッサの言葉にガラルドが忌々しそうにミウを従者へと打ち捨てるように放る。

 肩を掴まれ今度は座らされる形になり、ミウはそれでも二人を睨み付けるのをやめない。

 目も逸らさない。

 本当は、逆効果だと知っている。刺激するだけで、今以上に良くなることはない。だが。


 ――――シェルディナード先輩を、馬鹿にする、この人達だけには、絶対に従わない。


 どうせこんな扱いをする、魔石に目の色を変える輩だ。

 機嫌を損ねないようにしたって結局のところ、最後は変わらない。これまでの口振りから無いと思うが、生かされたとしても慰みもののようにされるだけだろう。こいつら相手なんて死ぬよりイヤだ。

「兄上、さっさと始末しましょう。不愉快です」

「そうだな。だが私達を不愉快にした罰は与えねば」

 バロッサがそう言ってソファから立ち上がる。

 ミウのすぐ側まで来ると、装飾過剰な懐刀(ナイフ)を取り出して鞘から抜く。

 身を屈め、懐刀をミウの頬へとピタリと(あて)がう。

 冷たい感触がしたが、それ以上にミウはバロッサが近くに来る事の方が背筋に悪寒を走らせる。もう生理的に無理なレベルで嫌いなのだという事だろう。

 刃物が顔に当てられても怯える様子の無いミウに、バロッサが苛立たしそうに軽く手を動かして、刃を走らせた。

 うっすらと赤い一線が頬に走り、滲む。

「泣きわめいて命乞いでもすれば、まだ可愛げもあるものを」


 ――――誰があんたなんかにしますか! 女の子の顔にこんな傷つけて平気なんて、頭おかしいんじゃないですか!?


 人は開き直ると肝が据わるのか。それとも、もふもふハートなどと友人に称されるミウだからか。既に恐怖はなく、あるのは好きな人を馬鹿にして蔑む相手への怒りと生理的嫌悪感だけである。

「本当にアレにまつわるものはどれもこれも忌々しい」

 ザクッと、緑の髪が宙に散った。

 バロッサが汚いものを払うように手を振ると、パラパラと刃に切り取られた緑の髪が床に落ちる。


 ――――っに、すんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!! サラ先輩に殺されたらどうしてくれるんですかこの阿保ぉぉぉぉぉぉぉぉお!!


 そんな場合ではない。はずである。

「何してくれてんですか!? サラ先輩に殺されたらあんた達のせいなんですからね!! ふざけんな!」

「は?」

「こいつ!?」

 しかも我慢出来なかったのか口から苦情が勝手に飛び出していた。やっちまった感満載。

 ミウも流石にもう取り返しつかないなコレ、と思った。

 だがそれならそれで、考え方によっては好都合。

 殺される前に、言いたいこと全部言ってやる。

「大体シェルディナード先輩を見下す発言してますけど、シェルディナード先輩はあんた達と比べるような人じゃないですから! 立場というか現実見てないのはそっちでしょ! 女の子にこんな扱いするなんて最低ですこの人拐い! 変態! シェルディナード先輩は絶対にこんな事しない! あんた達なんか誰もお呼びじゃないんですよー、っだ!」

 誘拐犯もといバロッサとガラルドは絶句だ。まさかこんな反応をされるとは露ほども思っていなかったので仕方ない。

「シェルディナード先輩は貴族だからって威張り散らしたり、人を人とも思わない扱いなんてしないし、わざわざ素人のお弁当なんかと交換で勉強みてくれたり、ちゃんと頑張ったらほめてくれて」

 じわりと熱が目頭に集まる。

「ちょっとセクハラな言動で人の反応見て面白がってたり、来るもの拒まずとかで彼女何人いるのって感じで最低だなって感じですけど!」

「「…………」」

「でも! それでも!」

 あったかいヒトだ。


 ――――ちゃんと、あたしを見てくれるヒトだもん!


「っ! あんた達なんかに馬鹿にされる人じゃない! テストの成績上回られたから嫌がらせするって何!? どこの馬鹿なんですか!? 程度が低いにもほどがあるでしょ!」

「このっ」

「そもそも本当にシェルディナード先輩と欠片でも血ぃ繋がってます!? 全然そんな感じしないです! 貴族? ホントに? シェルディナード先輩は貴族って言われて全然納得しますけど、あんた達はどっかのチンピラの間違いじゃないですか? バーカ!」

「黙れ!」

 バロッサの手がミウの片方の耳を掴んで引っ張る。

 痛みに顔をしかめつつ、それでもミウはバロッサを睨み付けることをやめない。

「シェルディナード先輩ほど、貴族らしい人はいません。そして貴族は、絶対こんな事をする人の事を指さない!」


 ――――だから。


「あんた達は貴族じゃない!」

「黙れと言っている!」

「――――っ!」

 掴まれた耳に、熱を感じた。

 それが懐刀によって耳を切り取られたのだと気づいたのは、熱の後にやってきた痛みによって。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 床に赤い雫がポタポタ落ちる。

 ペチャッと床に打ち捨てられるのは、緑の毛に覆われた長い耳。根元から全部ではないが、半分よりも多い部分が切り取られたのだとわかる。

 ミウは歯を食い縛りその痛みに耐えているようだが、切断面からは未だに血が滴り落ちて髪も首もドレスにも血の染みを作っていく。

 不意に、唇を引き結んでいたミウが笑みを形造る。

「何を」

「ほら ――――図星」

 カッとなったバロッサが懐刀を振り上げたのと同時。

「何だ!?」

 広間の両開きの扉が蹴り開けられた。


 ――――あ……。


「よお。兄貴達」

 バロッサとガラルドがギクリと動きを止め、叫ぶ。

「シェルディナード!?」

「何でお前っ」

 蹴り開けた主が小脇に小箱を二つほど抱えて、もう一方の手をひらひらと軽く振って入ってくる。

 顔にはいつものように笑みを浮かべて。

 カツコツ、カツコツ、と。決して速くない足取りなのだが距離はどんどん縮む。

 そしてよくよくその表情が見える所まで来て、シェルディナードは瞳を細めて首を軽く傾げた。


「ところで、俺の彼女(モノ)に何やってんの?」


 赤い瞳は少しも笑っていなかった。

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