34.日めくりカレンダーのように時は過ぎ
34.日めくりカレンダーのように時は過ぎ
投げキッス仕様でミレイが大学部へ帰っていってから日めくりカレンダーのように時は過ぎ、その間にもシェルディナードとサラによる試験対策でミウが悲鳴上げたり、ミラーリの連絡先登録を巡って攻防が繰り広げられたり、お弁当を思いっきり増量して持っていったらシェルディナードが弁当代だそうとしたり、息抜きにと連れていかれた遊園地で騒動があったり、ミレイ襲来その二があったりとまあ色々あったのだが、それはまた別の話。主にミウが色々叫び続ける日常である事に変わりはない。
そして本日、めでたく全ての試験が終了した。
「お……終わったあぁ~」
「ん。お疲れ」
いつものように温室のテーブルで突っ伏すミウに、いつものように黒い目出し帽を着用したシェルディナードが労いつつ頭を撫でる。
「うふふ。手応えは?」
「だ、大丈夫……だと思う。うん」
むしろ大丈夫じゃなかったらこの命もあと数日の運命。
見直しもしたし、シェルディナードの試験予習でも合格ラインだったから大丈夫なはずだ。
しかし、ミウはそんな精神的にやつれ気味でこそあるものの、肌や髪の艶は日に日に増していた。
今もシェルディナードの撫でる指がするすると緑の光沢を持つ髪の間を泳いでいる。引っ掛かる部分など皆無の、うる艶だ。
根本的な髪質から改善され、ボサッモサッとなっていた髪はとても行儀良くまとまっている。髪の長さも量も変わっていないのに、こまめに丁寧に手入れをするだけでこれだけ変わるのかと、ミウ自身もびっくりしたのは言うまでもない。
――――一日でもサボるとサラ先輩に殺される危険と隣り合わせだったけど……。
実際には殺すまではいかないだろうが、それくらいの気迫と厳しいチェックによって今の姿がある。
ついでにサラの従兄弟が作ったヘアケアや洗顔その他はマジで優秀過ぎたので手放せなくなった。勿論、二回目からはミウが自分で注文して支払っている。
――――ラスティシセルさん本人はちょっと怖いけど、親切なんだよね……。
毎回注文すると何だかんだ割り引きしたり、合いそうな試供品入れてくれていたり、一言気遣うメッセージが添えられていたりと、まめだった。
「そう言えばミウ」
「なぁに? アルデラちゃん」
「実技は? 大丈夫だったの?」
基本的な座学の他、期末試験は実技もある。
今回の実技はそれぞれ自分にあった魔力の使い方を披露するというもの。その為、これはシェルディナード達もノータッチである。
「それは大丈夫。中間レクリエーションでなんとなくわかってたから」
ミウは魔力を使っての身体強化を見せ、めでたく合格をもらっていた。
「何はともあれ、無事切り抜けられて良かったな」
ケルもほっとしたように紅茶を口にする。
「じゃあ、次はいよいよ期末夜会ですわね」
「うっ……。急に頭とお腹とその他もろもろが」
「ミウ」
「ひぎゃ!? サラ先輩!」
気配もなく後ろに立つの、本気でやめて欲しいと切に願っているわけだが、どうにも聞き届けられる気配がない。
「何で、そんなに、驚くの」
「驚きますよ当たり前じゃないですか気配なく後ろに立たないで下さい!」
「やましい、こと、無いなら、平気じゃない?」
じと。半眼でサラがミウを見る。
「や、やましい、事なんて、無い、ですよ?」
サッとミウはサラから視線を逸らす。
「…………。まあ、いいけど」
なんて言って、サラはミウとは反対のシェルディナードの隣席に腰を下ろした。
「そうだ。リブラの若様、シアンレードの若様、少々お願いしたい事がございますの」
エイミーの言葉にサラが首を傾げる。
「なに?」
「期末夜会の前日、わたくしの家で女子会兼パジャマパーティーをしたいのでミウをお借りしてもよろしいでしょうか」
「パジャマ、パーティー……」
「ちなみに男子は禁制です」
「さすがに、行くって、言わない、よ」
にっこり釘を刺したエイミーに、サラが頬をふくらませた。
「いいんじゃね? な。サラ」
「……そ、だね。後で、ドレス、送るから。着せてきて。メイクは、オレがやる、から。早めに会場に着くように、してね」
「うふふ。はい。ありがとうございます」
「ドレスかぁ。自分が着るんじゃないと、俄然楽しみになるんだよね」
自分で着るのは嫌だけど、と言うアルデラに、ミウが恨みがましい目を向ける。
「アルデラちゃんも出ようよ……」
「イヤ。大丈夫。代わりに給仕のバイトで会場には居るから」
すっごく実入りの良いバイトらしく、いつも期末夜会の給仕は人気なのだとか。ミウとしても同じ参加なら出来ればそちらの参加の方が良かったのだが。
「……サラ先輩。あの、あたし一度もどんなドレスか見せてもらってないんですけど」
「それが?」
「いや、それが? じゃないですよ?」
どんなものを着せられるかわからないとか怖すぎる。
「……心配しなくても」
はぁ、とサラは溜め息をついた。
「オレの、見立て、だし。問題、無いよ」
その自信はどこから来るんですかね?
思わずツッコミを入れたくなるミウだったが、こうなると実物がエイミーの家に届くのを見た方が早そうだと肩を落とす。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
「ミウ、ちょっと帰り寄り道してこうぜ」
「あ。はい」
温室でのやり取りを終え、お開きとなった頃。席を立ちながらシェルディナードがミウのそう言った。
何やかんやといつもシェルディナードが家まで送るのがお決まりになっているのだが、時折寄り道しては何か買い食いしたりする。
「サラ先輩は」
「オレ、用事あるから」
今日は先帰る。そう言って言葉通りいなくなった。
「じゃ、行くか」
「はい」
シェルディナードに並んで校門を出て、いつものように大通りに向かう。途中、試験が難しかったとか、楽しい事や嫌な事とか他愛ない話をして、夕焼けから紫紺へ移り変わる空の色に綺麗だなと見惚れたり。
「あ。金晶雪華の匂い」
小さな金色の小花が集まって咲く花で、どこかの異界にも似たような植物があると聞いた事がある。第一階層にもその似ている花はあり、確か名前は金木犀と言ったと思う。
甘くて、少しだけ寂しい匂い。
――――あ、これ…………。
「シェルディナード先輩の匂いと同じ」
「ん?」
「あ」
思わず口に出していた。
「ち、違っ」
「ミウ、鼻良いな。正解」
「わ」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。やっぱり、仄かに甘くて少し寂しいような匂いがした。