28.魔性再び!
28.魔性再び!
「シェルディナード先輩の好きな食べ物って何ですか?」
「ん?」
デザートは別腹。そんな言葉と共に買い求めたのはひんやり冷たいジェラート。ミウは沢山ベリーの種類が入ったオールベリー、シェルディナードはクルミなどのナッツ類とキャラメルリボンのフレーバーであるオールナッツ。
ベンチに腰掛け、食べながらミウはシェルディナードにお弁当の具材を決めるべくそう訊ねた。
「お弁当、作るので」
「そうだなー」
シェルディナードは考えるように視線を上に向け、やがて思いついたらしい答えを口にする。
「ミネストローネ」
「お弁当にどうやって入れろと?」
「ハハ。悪りぃ。実を言うと弁当作ってもらったことねーからわからないんだよな」
「え」
「一応俺、貴族の息子なんで」
冗談めかしてそう言われ、確かにと思う。
お弁当持って学校に通う貴族とか、お弁当を用意する貴族の奥様とか思いつかない。
「でも、それじゃミウも困るよな……」
「あ。はい……」
ジェラートを食べながら、シェルディナードは考え込む。
ミウはその様子を横目に、何となく落ち着かない心地でいた。
――――お弁当の具にはちょっと無理だけど、シェルディナード先輩はミネストローネ好きなんだ……。
何だか少しイメージと違って面白い。もっとステーキとかそういうものを想像していただけに、ちょっとギャップがある。
くすぐったいような、嬉しいような。不思議な感じに、ミウは笑みを浮かべる。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
そんな清く正しい学生デートの翌日。
「なんっですかコレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!」
一限目の講義が始まる前、サラが廊下で配られていた一枚の紙をミウに見せての絶叫である。
「あー。中間レクリエーションの時のやつだろ。ミウが俺、押し倒した」
「違いますから! 押し倒そうと思ったわけじゃありませんからあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
学園報に載ったのは、ミウがシェルディナードに馬乗りになっている写真と「魔性再び!」みたいな見出しが書かれた記事。しかもやはり顔は絶妙に映らないようにしつつ、シェルディナードが目出し帽取られた後というあざとさ。
「いやー。やっぱ腕良いよな。このカメラマン。欲しいわ」
ぐしゃりとミウの手の中で学園報がシワシワにされる。
「ふ。ふふ……。ふふふ」
ゆらりとミウの身体から怪しいオーラが立ち昇り、緑の瞳が沼のように濁った色になる。
「広報部って、どこにありましたっけ?」
返り討ちにされても良い。この記事と写真を撮った人物は絶対潰す! なんて気迫すら感じられる形相でミウが席を立とうとするのを、シェルディナードが首根っこを掴んで止めた。
「ミウ。んな事してる場合じゃねーだろ?」
期末試験。そう良い笑顔でシェルディナードが言い、サラが若干顔をしかめる。
「ルーちゃんから聞いた、けど、壊滅的、って」
「壊滅までいってませんよ!?」
「五教科中、二教科がこのままだと追試になる可能性、あるって聞いた、よ?」
「つ、追試になる可能性は、壊滅的とは言わないです!」
「……一教科でも追試が危ぶまれるって時点で、ヤバいって、思わない?」
「うっ!」
まぁ、確かに可能性がある時点でヤバい。それはミウもわかっているだけに、サラの言葉はグサッとくるし、言い返せない。
「それに、ね?」
「ひっ!?」
サラが小さく首を傾げる。その事自体は別に何でもない。のだが、問題はその顔に今まで見たこともないくらい愛らしい笑顔が浮かんでいること。美少女めいた美貌がまんま美少女にしか見えないほどの笑みなのだが、ミウの背中に最大級の戦慄が走る。
「――――ルーちゃんに、追試受けた子を、エスコートさせるとか……無いよ?」
「は、はいぃぃぃぃぃ!!」
――――だったら他の人に変えて下さいよぉぉぉぉお!!
元から出たくないし望んでない。が、それを言う勇気はミウになかった。死ぬ。殺される。そんな思いに怯えつつ首を縦に振るのが精一杯な現実。
「サラ、そんなおどかすなって。ミウも落ち着いてやればそこまでヤバくねーから」
「でも…………」
「大丈夫だって。俺も勉強見るし」
「しぇ、シェルディナード先輩……」
「…………そう、だね」
渋々といった感じでサラが引く。が。
「ルーちゃんに、勉強見てもらって、追試、なんて…………無い、よね?」
「死ぬ気で頑張ります」
サラの眼はマジだ。これでどれか赤点や追試を取ろうものなら、確実に殺される。
「……よろしい」
ミウの言葉に満足したのか、瞬時にサラの物騒な気配が霧散した。シェルディナードはそんな二人の様子を楽しそうに眺めており、そんな三人の様子を遠巻きに見ていた他の学生達は一様にこう思う。
(あの緑の子、貴族二人と付き合ってるって噂、本当だったんだ)
実態とはかけ離れているわけだが、その様子は実に仲の良いじゃれあいにしか見えず、加えて普通ではミウのような庶民が貴族の二人相手にそこまで気安く接するなんてあり得ない。総合的に見て、付き合ってる。しかも貴族の二人がむしろミウに入れ込んでいるから許される光景としか見えないわけで。
「……何やってるんだあの三人」
三人から離れた席に座ってそれを眺めていたケルは呆れたようにそう呟いた。そして巻き込まれないようにと間も無く始まる講義の教科書へと目を落としたのだった。