11.絶対面白がってますよね!?
11.絶対面白がってますよね!?
「シェルディナード先輩の、バカぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あー、はいはい。悪かったって」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
ぎゃん泣きである。
もうこれでもかと言うほどの。
幼い迷子が母親に再会したかのように、ミウはシェルディナードの胸というか胴体にしっかり抱きついたまま、ガクブルしながら声を上げている。
シェルディナードはひたすらミウの頭を撫で、苦笑していた。
「んじゃ帰るか。エイミー、悪いけどケルに一抜けって言っといて貰える?」
「承りましたわ。ミウをよろしくお願い致しますね」
「ん。りょーかい」
エイミーが綺麗に一礼し、去っていく。
「よし。ほら、行くぞミウ」
「うぅ、うう~……」
ひっく、ひっく、としゃくりあげて涙も鼻水も止まらないあたり、相当怖かったのかも知れない。まあ、命の危機はそりゃ怖かろう。
「サラ。悪りぃけど」
シェルディナードの声に、それまで無言で様子を見ていたサラが眉根を寄せる。
「ルーちゃん、ダメ、だと思う」
「ん?」
「…………オレ、怖がられてる、から」
現にミウはシェルディナードに引っ付いてサラの方を見ない。
「はあ。……よし。じゃ、転移頼む。行き先サラの部屋な」
「うん。わかった……」
転移石に行き先を設定しつつ、サラはあれ? と目を瞬く。
これだけ怖がってる相手の部屋に連れ込まれるのって、怖くないのかな? と。
しかし。時すでに遅し。
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ミウの悲鳴が響く頃には、転移石は速やかに仕事を終えていた。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
もうヤダ。死んじゃう。
本気で死ぬかと思った。
――――シェルディナード先輩の鬼畜! 人でなしぃぃぃぃぃっ!
だから嫌だって言ったのに。恐怖で顔も心もぐちゃぐちゃになって、ミウはひたすらシェルディナードに抱きついていた。
人に抱きついているというより、大木の幹とかキャットタワーから引き離されたくない猫の気持ちで。
甘さは皆無。
「サラ。悪りぃけど」
――――いやー! サラ先輩怖いぃぃぃぃ!!
ミウの脳裏に血塗れのナイフを手にしたサラの姿がフラッシュバックする。無理。
ぎゅっとシェルディナードに抱きつく腕に力を込める。
安心させるように頭を軽く撫でられ、ほっとしたのだが。
「行き先サラの部屋な」
――――ひぃぃぃぃぃぃ!! わかってないこの先輩ぃぃぃぃ!
青白く一瞬の発光と共に、次に目を開けた時にはふっかふかのシミ一つ無いカーペットが敷かれた小さめのホールに居た。
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「あははは。落ち着けってミウ。じゃないと……」
シェルディナードがそっと優しくミウの耳許に囁く。
「キスして口ふさぐぞー?」
「!!!!」
あれだ。恐怖には別種の更なる恐怖をぶつけて相殺する手段。
瞬間冷凍されたかのように、ミウから一切の声と動きが無くなる。心臓もマジで止まっているかも知れない。
「よし。落ち着いたな」
えらいえらい、とシェルディナードがミウの頭を撫でると、呼吸の機能が再始動したらしいミウが崩れるくらい深く息を吐いた。
ペタッとへたり込んだ真紅のカーペットにうずくまりたい衝動に駈られる。
「サラ」
「うん」
「ふぎゃ!?」
ひょいとシェルディナードに首根っこ捕まれた猫のように持ち上げられ、トスンと着地させられたのは、見るだけで高級品とわかりそうな長椅子に腰掛けるシェルディナードの膝の上。
――――はぃ!?
「逃げるなって。サラ、頼むわ」
しっかりと背後からお腹に腕を回され、アトラクションの安全ベルトのごとく固定される。
――――いやー! 何、何されるの!?
「ふぎゅむっ!?」
水で濡らされたタオルがミウの顔を擦る。
「あーあー、血ぃ出てんじゃん」
「どうやったら、顔から、突っ込むことになるの……」
沁みるとかそういう以前に、
――――ひぎゃあぁぁぁぁ! 耳! 近っ!?
シェルディナードの声が顔のすぐ横から聴こえるし、覗き込むようにして顔を拭くサラの顔は近いしで、訳がわからなくなった。
サラに関しては恐怖もあるが、そもそも人形のように整った顔でもある。
なまじ整った顔というのはそれだけで圧があるというか。
「膝も……」
「いやー! いいです! 触んないで下さい!!」
カーペットに両膝をついて屈み、膝を拭こうとするサラにミウが絶叫した。
「バイ菌が入ったら、どうするの」
「そうだぜ? つーわけで、サラ。続行」
「続行じゃないです!! 自分で拭きます! 拭けますから!」
――――というか、シェルディナード先輩、絶対面白がってますよね!?
シェルディナードの声から笑うような気配がする! と。ミウは暴れて抜け出そうともがくものの、いかんせん逃げ足はそこそこだけど他が非力過ぎて第一階層秒で死ぬような少女と、狩りを楽しむ余裕のあるシェルディナードとでは勝敗は明らかだ。
数分後。
相変わらずシェルディナードの膝の上で抱えられたまま、ぐったりするミウの姿がそこにあった。
「はい。終わり」
鼻の頭と膝に薬を塗って、サラが立ち上がる。
「じっとしてりゃ、すぐ終わんのになー」
クックックッと喉を鳴らして笑うあたり、やはりシェルディナードは確信犯だと、ミウは恨みがましい目を向けた。
「離して下さい」
「いいぜ? ほら」
シェルディナードが回していた腕を退けた瞬間、ミウが膝から飛び退くように降りる。
とはいえ、改めて見ても何か無駄に高そうな室内に身の置き場がなくて固まる事しかできないのだが。
シェルディナードが自分の家みたいに寛ぐ長椅子や揃いのソファにローテーブルも、白い壁に掛けられた絵画や大きな暖炉も、品は良いけどとにかく高そう。傷つけたら弁償出来なそうでうかつに動けない。
「座ったらどうだ? ミウ」
「おかまいなく……汚しそうだし、怖くて座れません」
「ふぅん……。じゃ、丁度良いな」
「は?」
何か笑顔でそんな事を言うシェルディナードにミウが警戒心のこもった声を上げる。
そして、
「え?」
「…………」
戻ってきたサラが、紙で出来たショッパーバックを突き出していた。
「えっと……?」
若干和らいだものの、やはり少し怖い。
感情の色が見えないほど深い藍色の瞳を見つめて、ミウは少しだけ怖じ気づいたように後退る。
「……服、汚れたから」
「着替えろってさ」
「えぇ……」
サラとシェルディナードを見比べ、ショッパーバックに視線を向け、やがてミウは諦めたようにそれを受け取った。
――――シェルディナード先輩の笑顔が何か、あれ、有無を言わせない感漂ってる……。
無駄な抵抗をする気力も無いのが一番の要因なのだが、とりあえず逃げるのも無理そうなのは明白。
「そっちの、部屋。使って」
サラが示した扉の先はバスルームになっているらしい。
言われた通りに着替える為、ミウはバスルームへと入って扉を締める。
「――――あ。これ」
それは結局、先日買いそびれた長袖シャツとチョコレート色のサロペット。ニーハイもある。
他にも落ち着いた色合いだが、灰色や黒以外のワンピースやオフホワイトのブラウスなども入っていた。