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1.付き合って下さい

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1、付き合って下さい




「サラ。起きろよ。授業終わったぞー」

 微睡(まど)む自分を呼ぶ声がする。

 大好きな親友の声だ。

「ルーちゃん……。おはよう」

「ん。おはよ」

 講堂の段々になった席。そこに突っ伏して惰眠(だみん)(むさ)っていたサラに、その親友は笑顔を向けた。

 短めの白髪に褐色(かっしょく)の肌、最高級ルビーのような鳩血色(ピジョンブラッド)の瞳。男らしくもバランスのとれた体躯をモノクロームのシンプルな衣服に包んだ十七才くらいの少年は、ちょんと寝ぼけ(まなこ)のサラの鼻先をつつく。

「帰ろうぜ」

「うん」




 サラフォレット・リブラ・シェンダリア。

 緋色を溶かした金髪に雪のような透明感のある肌、藍色の瞳はどこか微睡むような雰囲気をいつも(まと)う。

 白い長袖シャツと黒いコルセット、黒いパンツの上にセンタースリットの黒いロングスカートを重ね、一見すると女性にも見えそうな美貌(びぼう)の少年は、幼馴染みで親友のシェルディナード(サラはルーちゃんと呼ぶ)と共に、学園の正門に向かって歩いていた。

 そんな二人の目の前に。


「しぇ、シェルディナード先輩」


 地味を体現するような、みるからにパッとしない少女が現れた。そして、


「す、すす、好きです! 付き合って下さい!!」


 何故か自棄(やけ)になっているような勢いと死にそうな顔で告白してきた。


挿絵(By みてみん)



    ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 どうしてこんな事になってるんだろう。

 ミウは血の気の引いた顔と死んだような虚ろな緑の瞳で、何度も脳内に巡る同じ言葉を噛み締めていた。

 同時に、こんな事も思って。


 ――――あたしが何したって言うのよー!!


 叫べるものなら声の限りにそう叫びたい。叫べるものなら。

 しかし。

「ほら行きなさいよ」

 クスクスと(わら)う同学年のトップグループに囲まれたこの状況でそんな事しようものなら、まず明日から学園に居場所はない。

 否、貴族の出もグループに居るから生活においてもヤバいかもしれない。詰んでる。


 ――――いや、これも公開処刑と変わらないし! どっちにしろ、居場所なんてない!!


 死神の足音が近付いてくる。

 校門まであといくらもない。

「どんくさいわねえ。ほら、行きなさいよ!」

「ひやっ!?」

 背中を押すなんて優しいものじゃなく、背後から突き飛ばされて死までの距離が強制的に縮められる。

 死神の目の前まで進んでしまった。終わりだ。


 ――――の、呪ってやるぅ~~!!


 本気で最後の力を振り絞って呪ってやろうかと考えるのだけど、


 ――――ひぎゃあぁぁぁ!! イヤー! 怖いぃぃぃ!!


 目の前の死神と目が、目がぁぁぁぁ!

 なんてそれどころではない状態になってしまっていて。

 嫌な汗が()き出す。

 完全に手汗もかいてる。

「しぇ、シェルディナード先輩」

 ガタガタと身体が震えるのは、間違いなく恐怖で。

 白髪に褐色の肌、鳩の血色をした濃い紅の瞳。顔立ちは甘く整っていて、学園でも女生徒から指折りの人気を誇る貴族の令息だ。

 で、自分が今から『好きだと言わされる』相手でもある。

 ぶるぶると震えながら、どう見ても顔色もろもろヤバいのがミウ自身にもはっきりわかるが、逃げられない。

 断頭台に頭も両手も固定され、後は上から刃を落とすだけの状態でどうやって逃げられるだろう。

「す」


 ――――いやぁあああ! 言いたくないぃぃぃぃぃ!!


「すす」


 ――――好きでもないのにぃぃぃい!!


「好きです! 付き合って下さい!」


 ――――終わった。あたしの人生…………。


 死んだ魚の方がまだ新鮮に見えるくらい、ミウの瞳が絶望に濁る。

 しかし、予想していた絶望と実際に降ってきた絶望は、少々違っていた。

「ん。いいぜ。よろしくな」

「ふぇ?」


 ――――え。


 時間て凍るんだ…………。

 そう思ったのは、シェルディナードとその横にいる人物以外が全員同じように凍りついて固まっていたからだ。

「で? お前、名前は」

「あ。ミウです。ミウ・エマレット、です」

 とりあえず機械的に問い掛けられた事に答え、先ほどよりも青……すでにもう白い顔色で、ミウは錆び付いた音がしそうな動きで顔を上げ、シェルディナードを見る。

「んじゃ、今日からミウは彼女って事で」

 無造作に手を伸ばし、シェルディナードは自身の胸くらいにあるミウの頭を軽く撫でた。

「よろしく。ミウ」


 ――――う、うそおぉぉぉぉぉぉ!?


 その後、どうやって家に帰ったのかミウは覚えていない。

 帰りついたのだから自分の足で歩いて帰ったのだろうが、とにもかくにも次の朝、自分の寝台で朝陽を浴びるまでの記憶がスッぽ抜ける事態となったのだった。

「は。これ、夢じゃない? そうだよ。絶対そう! よし! 学校休もう!」


 ――――そうだよ夢だよ! それしかない!


 じゃなかったら特に美人でもなんでもない自分が彼女になる?

 ないない。あり得ない。

「そっかー。夢かぁ~」

 ちょっと悪夢だったけど、夢なら仕方ない。

「いや、おかしいと思ったんだよね。あり得ないよね」

 うふふあははと妙に高いテンションでベッドから出て、ミウは部屋のすみに置いた姿見の前に立つ。

 寝巻き姿のいつもの自分。

 くしゃっとなった緑のボブカット髪、長い前髪の間から覗く瞳も緑。肌は普通に白とまではいかないけど、褐色でもない中間色。身長は低くて凹凸もそんなに無い(でもかろうじて皆無ではない)身体つき、顔も童顔だからよく初等部(良くて中等部)生と間違えられる。そしてかろうじて第四層に住んでいる一般家庭の平民。

 片や相手はこの世界、螺旋世界と呼ばれる事もある世界の第六層(主に貴族が住むエリア)出身の貴族の三男。

 釣り合うかと言われれば……。

「…………」

 姿見の中に映る自分。

 冴えない。

 その一言に尽きる。

「……うわ。ないー」

 やっぱりあり得ない。良い笑顔で鏡に映った自身への評価を確認して、ミウは全てを夢で片付けた。


 が。


「ひえっ」

 現実は夢で片付けられない。

 学校を休める訳もなく。登校したミウがクラスに足を踏み入れた瞬間、どこぞの恐怖(ホラー)映画のごとくクラスメイト達の顔と視線がミウに集まった。一つ目のとか居るし色々な人種が集まるこの学校の日常でもあるから仕方ないけど、ちょっと心臓止まりかけた。恐怖で。

 講義を受ける教室と基本的には全て造りは同じで、扇状の段々になっている席の端にミウは避難する。

 担任が教室に入り、ホームルームを進める間もクラスメイトの視線が突き刺さる……それの意味するところは、


 ――――や、休み時間になったら、死ぬぅぅぅう!!


 ホームルーム直後はそれぞれ受ける講義で移動するからそんな暇は無いが、休み時間になった瞬間、ジ・エンド。

 昨日の事は夢じゃないという証拠がこの状況である。

 ホームルームが終わり、一同が担任に礼をして顔を上げた時には、ミウの姿は廊下の遥か彼方へと突っ走っていた。

 しかし。

「よ」

「ひぎゃあぁぁぁ!? しぇ、しぇしぇっ、シェルディナード先輩!?」

「すっげー顔」

 何故か、クツクツと楽しそうな声をこぼし、講義の隣の席に、死神が座っていた。

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