83:本格的ダンジョンで宝箱だけを狙ってみた
深夜。
田助は廃病院ダンジョンの住居部分で、スマホ片手に最近お気に入りのダンジョン攻略系のWEB小説を読んでいた。
主人公がボス部屋の手前で隠し宝箱を発見し、レアアイテムを引き当てるという、もうド定番も定番の展開だ。
王道すぎる。
だが、これがいい。
ダンジョンと言えば宝箱。
宝箱と言えばダンジョン。
この二つは切っても切り離せない関係であり、ダンジョンガチ勢を自称する者であれば、宝箱探索を避けて通ることは断じて許されない。
——と、そこまで考えた田助は、ふと手を止めた。
俺、宝箱を探したことあったか?
廃病院ダンジョンで宝箱を見つけたことはある。
だが、自発的に探したことは一度もないのでは……?
「そうだよ!」
本格的ダンジョンを作った理由を思い出せ。
ダンジョンを攻略しているという実感を得たいからじゃなかったか?
なのになぜ、俺は宝箱を探さなかった!?
モンスターとの戦闘に夢中になり、ボスを追いかけ、ドロップに一喜一憂する。
「それだけで満足していたとかダメダメすぎるだろ俺!」
ダンジョンガチ勢失格である。
翌朝。
「今日、俺は本格的ダンジョンに行く! そして宝箱だけを探す! モンスター? 倒すわけないだろ!」
朝食の席で田助がそう宣言すれば、衣子が目をきらきらと輝かせ、ウェネフがスプーンを落とし、シャルハラートが「ふーん」と興味なさそうにパンをかじった。
「素敵です、田助様! 宝探し、とてもロマンがあります!」
「だろ? まさにダンジョンの醍醐味だぜ!」
ウェネフが落としたスプーンを拾いながら聞いてきた。
「モンスターだらけの本格的ダンジョンで、モンスターを倒さないって、どういう頭してるの?」
「褒め——」
「——てないから!」
いつもどおりのツッコミを入れてくれるウェネフに感謝の視線を送れば、「……何、その生ぬるい眼差し」とか言われた。
「まあ、なんだ。鑑定を使えば、宝箱の場所なんて、簡単に特定できるだろ」
「……鑑定で?」
ウェネフが首を傾げるのも無理はない。
鑑定とは、対象のステータスや素性を確認するためのスキルだ。
宝箱を探すための機能など、当然ながら搭載されていない。
だが、田助は知っている。
鑑定は対象の情報を読み取るスキルだ。
なら、壁や床や天井といった構造物に片っ端から鑑定をかけたらどうだ?
普通の壁なら石壁と出るだけだろう。
しかし、もし隠し部屋があったら?
普通の壁とは異なる情報を返すはずだ。
いや、返す!
つまり、鑑定の構造物スキャンである。
ステータス確認用のスキルを、ダンジョンの地質調査に転用する。
我ながら天才的な発想だと田助は思った。
いや、思うだけじゃなく、口にも出した。
結果、衣子には褒められ、ウェネフには呆れられ、シャルハラートはパンを食べ続けた。
……おかしい。
だが、
「た〜!」
アンファが両手を上げて応援してくれる姿がかわいいので、何も問題はなかった。
「よし、行くぞ!」
「ぉん!」
ポチの背にアンファを乗せ、田助たちは本格的ダンジョンへと向かった。
石造りの通路が、LEDライトに照らされて左右に伸びている。
入るたびに構造が変わるこのダンジョンは、何度来ても新鮮だ。
今日はどんな迷路が待っているのか——普段ならその期待感だけで丼飯三杯はいけるのだが、今日の田助はひと味違う。
モンスターを倒すのではなく、宝箱を探す。
トレジャーハンター山田田助、ここに爆誕である。
「よし、行くぜ! 鑑定!」
田助は右手の壁に向かって鑑定スキルを発動した。
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●石壁
ダンジョンを構成する石造りの壁。
特に変わったところはない。
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「普通だな」
いきなり当たりが出たらそれはそれで拍子抜けである。
田助は次の壁に鑑定をかけた。
石壁。
その次も石壁。
さらにその次も石壁。
「石壁、石壁、石壁……石壁ばっかりだな」
「当たり前でしょ。壁なんだから」
ウェネフのツッコミが痛い。
だが、田助は諦めない。
壁がダメなら床だ。
床がダメなら天井だ。
田助は四つん這いになって床に鑑定をかけ始めた。
「田助様が床に四つん這いになって……ああ!」
衣子の頬が紅潮している。
いったい何を想像したのだろうか。
「ねえ、ご主人様、端から見るとただの変な人よ?」
「トレジャーハントは地道な作業の連続なんだよ!」
ということにしておいた。
そうしてウェネフから向けられる呆れたような視線もまんざら悪くないと思える程度には時間が経過し、床に額をこすりつけるようにして鑑定を繰り返していた、その時だった。
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●石床(偽装)
この床の下に空洞が存在する。
何かが隠されている可能性がある。
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「見つけた……! 見つけたぞ……!」
田助は床を調べ、わずかにズレている石板を発見した。
持ち上げると、その下には狭い階段が地下へと続いていた。
「どうよ!」
「すごいじゃない、さすが——」
「——俺だろ?」
「いえ、鑑定スキルね!」
いい笑顔で言ってのけるウェネフである。
ある意味、間違ってはいない。
「さあ、行こうぜ!」
階段を降りていく田助たち。
狭い空間の中央に、それはあった。
木製の古びた宝箱である。
鉄の留め金が錆び、蔦が絡みついている。
いかにも、ここに財宝がありますと主張するかのような、WEB小説の挿絵から飛び出してきたような完璧な佇まいだ。
「これだよこれ! まさしく本物の宝箱じゃねえか!」
偽物の宝箱だった場合、大概ミミックなので要注意である。
田助は本物の宝箱を鑑定してみた。
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●ミミック
宝箱に擬態するモンスター。
獲物が蓋を開けた瞬間に襲いかかる。
古来よりダンジョン探索者を苦しめてきた、定番中の定番トラップ。
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田助は鑑定結果を背後で固唾をのんで見守っていた衣子たちに告げる。
「つまり、ミミックだったわけね」
「ああ」
「じゃあ、次に行き——」
「——ません!」
否定する田助にウェネフが胡乱な眼差しを向けてくる。
「……もしかして開けるつもりなの?」
「当たり前だろ! 本物のミミックなんだぞ!?」
異世界ファンタジー定番のモンスターを前にして、無視するなんてことは絶対できないのである。
「行くぜ! カモン、ミミック!」
田助は宝箱、いや、ミミックの蓋を開けた。
「GYAAAAAAAA!」
宝箱が口を開けた。
比喩ではない。
文字通り、宝箱に口が生えて、田助の右腕に噛みついてきたのである。
「これが本物のミミック……!」
「……あの、田助様? ガブガブされてますが、痛くないのですか?」
衣子が心配そうに聞いてくるので、田助は笑って答えた。
「全然だな。レベル差がありすぎるからな」
正直、蚊に刺される方が後々痒くなって効くぐらいで、痛くも何ともない。
「さて、初ミミックは堪能したから……」
田助は噛みつかれたまま、左手でアイテムボックスから真・断ち切り丸を取り出し、引き抜いた。
抜刀した瞬間、田助の体がゲーミングPCのように激しく七色に発光し、周囲の注目を強制的に集める呪いが発動する。
虹色の軌跡を描いて、真・断ち切り丸がミミックを両断した。
GYA、という断末魔とともに、ミミックは光の粒子となって消滅する。
ドロップアイテムはなかった。
「……モンスターは倒さないんじゃなかったの?」
ウェネフのツッコミは聞かなかったことにする田助である。
「って、マズい」
田助は慌てて真・断ち切り丸を鞘に納め、発光を消した。
だが、時すでに遅し。
抜刀時の強烈な光と強制ヘイト集中の呪いにより、隠し部屋の上の通路から、引き寄せられたゴブリンの群れが雪崩れ込んできた。
五匹。
レベルは推定30前後。
田助のレベル170超からすれば、赤子の手をひねるより簡単に倒せる相手だ。
「どうするの?」
「言っただろ、今日はモンスターを倒さないって」
「ミミックは——」
「おっと、急げ!」
ウェネフと、「一人にしないで!」とついてきていたシャルハラートが呆れる中、田助は全力で踵を返した。
レベル170超の男が、ゴブリンごときから全力疾走で逃走する。
控えめに言って、情けなさの極みである。
だが、衣子の意見は違った。
「田助様の逃げ足、とても速くて素敵です!」
「衣子、それは褒めてるのか!?」
「はい! 全力で褒めています!」
「た〜!」
アンファもポチの背中で楽しそうに手を叩いている。
……まあ、衣子たちが楽しそうならいいか。
ゴブリン(レベル30前後)から無事逃げ切った田助(レベル170超え)たちは、改めてダンジョン探索を再開した。
田助は引き続き鑑定による構造物スキャンを続け、三つの偽壁と二つの隠し通路を発見した。
道中、スケルトンの集団から全力で逃げ、コボルドの巡回から物陰に隠れてやり過ごし、レベル170超の男が息を殺して壁に張りつくという、何とも言えない光景が繰り広げられた。
そして——五つ目の隠し部屋で、田助はついに本物の宝箱を見つけた。
今度は鑑定結果が違う。
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●宝箱(本物)
ダンジョン内に出現する宝箱。罠なし。
中には『迷宮の地図』が収められている。
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鑑定で中身が安全だとわかっているため、田助は意を決して蓋を開けた。
中には、一本の巻物が収められていた。
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●迷宮の地図
一度だけダンジョンの全マップを表示する使い捨て巻物。
使用すると全ての部屋、通路、隠し部屋、宝箱、
モンスターの配置が明らかになる。
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「全マップ表示……!?」
田助の手が震えた。
とんでもないお宝だ。
「すごいじゃない! それ使えば、もう迷うこともないし、宝箱も全部見つけられるわよ!」
シャルハラートが珍しくまともなことを言う。
「使いましょう、田助様!」
衣子も期待に満ちた目で見つめてくる。
だが。
田助は巻物を見つめたまま、動かなかった。
「……タスケ?」
ウェネフが怪訝そうに声をかけてきた。
田助は巻物を丁寧に巻き直し、アイテムボックスに仕舞った。
「使わない」
「「「え?」」」
三人の声がハモった。
アンファが不思議そうに首を傾げ、ポチは特に興味なさそうだった。
「全部わかっちまったら、つまらないだろ」
田助は立ち上がり、隠し部屋の階段を上りながら言った。
「入るたびに構造が変わる。何があるかわからない。どこにモンスターがいるかわからない。どこに宝箱が隠されてるかわからない。——それが、本格的ダンジョンの最高なところじゃねえか」
知り尽くしたダンジョンに、ワクワクはない。
未知の領域があるからこそ、足を踏み入れるたびに胸が躍る。
それを自ら手放すなんて、ダンジョンガチ勢の名が廃る。
「タスケ……」
ウェネフが何か言いかけて、口をつぐんだ。
そっぽを向いたその横顔が、ほんの少しだけ赤い気がしたのは、気のせいだろう。
「……まあ、そういうところは嫌いじゃないけど」
「ん? 今なんて——」
「何でもない!」
何でもなくはなさそうだったが、追及すると面倒なことになるので田助はやめておいた。
「た〜!」
アンファがにこにこと笑って、田助の足にしがみついてきた。
何がうれしいのかはわからないが、とにかくかわいいので抱き上げて頬ずりをした。
「さすが田助様です。未知を楽しむ——それこそが、真の冒険者の在り方なのですね!」
衣子が両手を胸の前で組んで、うっとりとこちらを見ている。
「えっ、使わないの? もったいなくない?」
案の定、空気を読まない発言をしたのはシャルハラートだった。
「もったいないのはお前の女神としての才能だよ」
「ちょっと! それどういう——きゃあっ!?」
ガブッ。
シャルハラートの言葉が最後まで届く前に、ポチがその足に噛みついた。
「ポチ! やめなさい! 痛い痛い痛い!」
「ぉん!」
ポチは嬉しそうに尻尾を振っている。
噛みつくのが楽しいらしい。
宝箱を見つけた。
ミミックにも会えた。
迷宮の地図という大当たりも引いた。
それでいて、ダンジョンの未知はそのまま残っている。
今日の冒険は、百点満点だ。
「さて、帰るか。飯にしよう」
「田助様、今日のお夕飯は私が——」
「「「それはやめて!」くれ!」ちょうだい!」
田助、ウェネフ、シャルハラートの声がハモった。
……いや語尾が微妙にハモっていないが、言いたいことは一つだったので問題はない。
「た〜……」
アンファまで困った顔をしている。
「……どうしても駄目ですか?」
衣子がしょんぼりする姿はかわいくて、
「よし、いいぞ!」
と思わず言ってしまってから、
「「ちょっと! 正気に戻りなさい!」」
ウェネフとシャルハラートの二人にガクガク揺さぶられ、田助は我に返った。
「いいぞ、と思ったが。ほら、そのなんだ。衣子には俺の用意した飯を食ってもらいたいんだ。いいだろ?」
「はい、もちろんです、田助様!」
命の危機は去った。
「では、私はデザートの準備を……」
完全には去っていなかった。
「そ、それも俺がやるから、衣子はお茶を入れてくれ!」
今度こそ完全に命の危機は去ったはずである。
……たぶん。
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