69:スキルを進化させた
魔王と戦った、その翌日。
田助の姿は廃病院ダンジョンの中にあった。
いつものようにダンジョンを堪能するためじゃない。
……いや、そうしたい気持ちはめちゃくちゃあったが、今日は違う。
特訓をするのだ。
たとえ戦闘中であっても、異世界ストアで迅速に買い物ができるようになるために。
廃病院ダンジョンを特訓の場所に選んだのは、万が一のことを考えたからだ。
ここならモンスターのレベルは総じて低いし、戦い慣れている。
何より、いざという時、アイテムボックスの中にある手水舎の水を放出すれば、アンデッド系モンスターはイチコロである。
とはいえ、それも絶対とはいえないのではないかと衣子が主張し、ついてくることになった。
「よろしいですね、田助様」
「ああ、もちろんだ」
断る理由は何もない。
田助はドラゴンの素材を使った防具一式を装備し、真・断ち切り丸を抜き放つ。
その横には、同じく魔王退治に向かった時に購入した、ドレスのように見える防具を装備した衣子が並ぶ。
「何があっても、私が田助様をお守りします」
頼もしい嫁である。
だが、
「ありがとな、衣子。けど、衣子自身のことを疎かにしないでくれよ。俺にとって衣子はかけがえのない存在なんだから」
「田助様……」
潤んだ瞳で衣子が見つめてくる。
照れくさかったが、告げた言葉は田助の本心だ。
「じゃ、じゃあ、そろそろ特訓を始めるか。ちょうど廊下の角から現れたゾンビが、俺のことを熱烈に見つめてきてるし」
腐った眼窩でなければ、思わず惚れられたのではないかと勘違いするところだ――というのは、もちろん冗談である。
ゾンビは不気味なうなり声を上げ、田助を標的に定めて向かってくる。
田助はゾンビの攻撃の手が届きそうになったあたりで、異世界ストアを発動した。
さあ、特訓の始まりだ。
「これは思っていた以上に難しいな……!」
モンスターの攻撃を躱しながら、商品を検索、現金を投入し、購入する。
それだけではない。
ぴんぽーん♪ とお馴染みの音がして現れた、謎の異世界文字が描かれた段ボール箱を開封。
そこからポーションを取り出して使用する。
そこまでこなさなければならないのだ。
動きの遅いゾンビだからこそ、今回は何とかできた。
だが、攻撃が届きそうになった時は焦って検索を失敗した。
早くやらねばと思うほど気が急いて、うまくできなかった。
「田助様……」
衣子が気遣うような声を出す。
うまくいなかったことで、田助が落ち込んでいると思ったのだろう。
だが、田助は落ち込んでなどいなかった。
そもそも最初からうまくいくとは思っていないのだ。
「むしろ、これぐらいの方が特訓のしがいがあるってもんじゃねえか」
不敵に笑ってみせる田助である。
そんな田助に衣子は驚きつつも、熱い眼差しを注ぐ。
「さすが田助様です……! がんばってください!」
衣子の声援に「おう」と応えて、田助は特訓を続けた。
回数を重ねることで、ある程度、一連の流れを素早くこなすことができるようになった。
「すごいです、田助様!」
衣子はそう褒めてくれた。
うれしくないと言ったら嘘になるが、それでも、
「いや、これじゃ全然駄目だ」
田助は言い切る。
ゾンビやスケルトンなど、動きの遅いモンスターだからこそ、何とかなっているだけ。
これが他のモンスターなら?
実際、ゴーストやレイス、あるいはダークストーカーと呼ばれる実態を持たない影のようなモンスターの動きは素早く、異世界ストアで悠長に買い物している場合ではなかった。
倒せる敵だったからよかったものの、そうじゃなかったら?
逃げればいい?
だが、いつも逃げられるとは限らない。
敵の動きがこちら以上に素早かったら逃げられないし、そもそも魔王との戦いのように逃げられないものもある。
そんな時、アイテムボックスの中のポーションが枯渇していたら?
このまま特訓を重ねることで、ある程度は時間を短縮することはできるだろう。
その手応えはある。
だが、それだけ。劇的に短縮することはできない。
結論、戦闘中に買い物などできない。
いや、まあ、わかってはいたのだ。そんな当たり前のことは。
そうならないように立ち回ればいい。
そのためにできることをやった方が、よほど建設的と言えるだろう。
だが、それでもどうすることもできない状況に追い込まれたら?
魔王と戦った時のように。
できるべきことが何もなくなった時、ただ倒されるだけでいいのか?
何より、せっかく授かったスキルをうまく使いこなせないというのは、悔しいじゃないか。
十全に――いや、十全以上に使いこなしたいと思うのは、当然のことだと思うのだ。
これまで田助が読んでいたラノベやWEB小説の主人公たちのように。
では、どうすればいいのだろう。
衣子が見守る中、田助は考えた。
「たとえば商品検索も購入決定も音声入力で――」
今は、半透明のウィンドウがタッチパネルのようになっていて、ちまちま文字を入力したりしている。
「購入金額の投入はアイテムボックスの中の残金から支払われる形になって――」
現金を一々投入するのは手間も時間もかかりすぎる。
「商品も梱包されてない状態でアイテムボックスに届けば――」
そうすればわざわざ梱包を解く必要もなく、すぐに取り出すことができるようになる。
「そんなふうになれば、どれだけいいか……」
と、そこまで考えたところで、田助の動きが、ぴたりと止まった。
「スキルを成長させればいいんじゃないのか……?」
いや、そこまで変化させるのであれば、成長というよりは進化と呼ぶべきだろう。
ウェネフの言葉を思い出す。
スキルは神から与えられた恩寵。
与えられた時点で完璧であり、そこから変化するということはあり得ない。
だが、田助のスキルは、これまでに何度も変化してきた。
鑑定、それに異世界スキルも。
ならば、今回だってできるのではないか。
――違う。そうじゃない。
「絶対にできる!」
こういうのは思い込むことが大事なのだ。きっと。
実際、これまでにスキルが変化した時も、強く思ってきた。
ならばと、田助は手を固く握りしめながら、強く思い込んだ。
スキルが望む形へと進化することを。
「どうだ!?」
鑑定するが、異世界ストアに変化はない。
だが、たった一度試しただけで、諦めるような田助ではない。
――今ので足りなければ、もっと強く。
「これなら!?」
スキルに変化はない。
――進化するまで、何度だって。
「スキルは!?」
変化なし。
諦めない――絶対に。
鑑定も、異世界スキルも、変化したのだ。
だから。
何十回、何百回と繰り返す中で、田助は進化した異世界ストアの形を確かなものとして、自分の中に思い描いていく。
これからもダンジョンを楽しく堪能するため。
いざという時、大事な人を守れるために。
「異世界ストア、進化しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
気が遠くなるほど繰り返し、疲労困憊になった田助は絶叫する。
そばにいた衣子が心配して止めようとするのを気迫で制し、決して諦めずにスキルが進化することを信じ続けた田助は、ついにその瞬間を掴み取った。
「あ、あははは……」
クタクタになりながらも都合何百回目かの鑑定を行った結果を見て、田助は笑う。
戸惑っている衣子に振り向き、抱きつく。
普段、衣子の方からスキンシップをすることが多く、田助からの抱擁に慣れていない衣子はかわいらしい悲鳴を上げた。
「た、田助様……?」
「進化したんだよ! 異世界ストア……!!」
それがこれだ。
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●異世界ストアα
異世界で売買されているもの、値段が付けられたものならば、どんなものでも購入することができるスキル。
不正に仕入れられたものは、本来の所有者が値付け設定を行うことができる。
商品検索から購入手続きまで音声で行うことができ、購入資金はアイテムボックスの中から自動的に引き落とされる。
購入したアイテムはアイテムボックスの中に収納される。
山田田助のみが使用することができる、オリジナルスキル。
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まさに田助が思い描いていたとおりの形になった。
これまでのように【+】表記ではなく【α】になったのは、おそらく進化したためだろう。
「田助様、使ってみてください」
衣子に請われ、田助は異世界ストアαでポーションを購入した。
「ポーションを購入!」
【ポーションを購入します。代金はアイテムボックスの中から引き落とされました。】
音声とも微妙に違う、何とも言えない声が田助の頭の中だけに響き、新しいポーションが田助のアイテムボックスの中に収納されたのだった。






