67:魔王と雌雄を決してみた
田助は魔王を強く見据えると同時に、スキルを――鑑定を発動していた。
いつものように声を発したり、変なポーズを取ったりしない。
そんなことをしなくてもスキルは発動するし、目の前にいる魔王を、強敵を、全力で倒すと決めたのだ。
田助の目前に、半透明のウィンドウが表示される。
「え……っ!?」
鑑定の結果は驚くべきものだった。
魔王のレベルは142。
田助より低い。
能力値だってそうだ。
田助に劣っている。
それなのに、あの攻撃。
ただの一蹴り。
それだけで田助のHPが1/4も削られたのだ。
「俺が傲って、油断していたからだ」
だが、今度は違う。
蹴り飛ばされた時、傲りは吹っ飛んだ。
魔王は強敵であると認識を改めたので、油断もしない。
全力で戦うと決めている。
衣子が、アンファが、ウェネフが、ポチが、何とシャルハラートまでもが、田助を見つめ、田助の決断を待っている。
魔王に対して、どう当たるのか。全員で突撃するのか、どうなのか。
全力で当たるというなら、本来なら、全員で当たった方がいいのかもしれない。
だが、それをするには、全員の力を把握している必要があった。
得意、不得意。
戦術の好み、戦い方の癖。
田助はそれを把握していない。
ダンジョンを堪能するのが楽しくて、ソロプレイが長すぎた。
こんなことなら、もっとパーティープレイもしておくべきだった。
田助は頭を振る。
今すべきなのは、反省や後悔ではないことは、ついさっき理解したばかりではないか。
「魔王四天王の姿が見当たらない。それが気になる。だからみんなには周囲を警戒してもらって、何かあれば対処して欲しいと思う」
「わかりました、田助様。夫の願いを聞き届けるのも妻の重要な役目の一つですから」
ちなみに、と衣子が言葉を続ける。
「一番重要な役目は、田助様の子を成すことと田助様を養うことですよ?」
「一番って、普通、一つだと思うんだが」
「ふふふ」
笑って誤魔化してもかわいいだけだった。
……ならいいんじゃね? とか思ってしまった田助は、すでに衣子に骨抜きにされていると言っても決して過言ではないだろう。
「なあ、衣子」
「何でしょう?」
「いつになったら俺を養うことを諦めるんだ?」
「田助様、そんな時は永遠に来ませんよ?」
何てことだ。めちゃくちゃいい笑顔で言い切られてしまったではないか。
「ご主人様、緊張感が台無しなんだけど」
ウェネフのツッコミ。
確かにそのとおりだ。
だが、そのおかげで、田助は自分の体から強ばりが消えたことに気がついた。
どうやらいつの間にか、必要以上に、力が入っていたようだ。
衣子を見れば、やわらかく微笑んでいた。
田助の緊張を見抜き、わざとあんな話題を振ったのではないか。そう考えるのは穿ちすぎだろうか。
深呼吸する田助。
「頼んだ」
「はい!」
それ以上の言葉はいらなかった。
田助は魔王に向き直る。
レベル差がある。能力値も劣っている。
だからといって、慢心はしない。
余裕とはいかないだろうが、絶対に勝てる。
その思いすら慢心だったと気づかされることになるとは、この時の田助は思ってもいなかった。
田助の、真・断ち切り丸による斬撃を、魔王はことごとく捌いてみせた。
ある時は弾き、ある時は流して。
その動きは達人と呼ぶに相応しい、思わず見とれてしまう――そんなものでは決してなく、むしろ一番遠いものだった。
泥臭くて、ドタバタしていて、見苦しかった。
だが、それがどうしたと、魔王の表情は揺るぎなく、清々しいものだった。
真・断ち切り丸に斬れないものはない。
しかしそれは斬撃が決まればの話で、捌かれてしまえば、その限りではないのだ。
だから、田助の攻撃をすべて捌ききった魔王はまったくの無傷。
防具らしいものといえば腰蓑ぐらいしかつけていないというのに。
一方、田助は魔王の攻撃を捌ききることができずに、ハイポーションを何本も飲み干すことになった。
現時点での最強装備を身に纏っているというのに。
傲りはない。
慢心もだ。
魔王が強敵であることを素直に認め、倒すことに全力を傾けている。
それでも田助の攻撃は、魔王に届かなかった。
「もう終わりであるか?」
魔王が告げる。
「……いいや、まだだ。まだ、終わっていない!」
攻撃手段は、真・断ち切り丸だけではないのだ。
「口だけならば何とでも言える」
絶対的な高みから、見下ろされている気分になりそうだ。
「灼熱の吐息――火炎球!」
田助は、未だにうまく制御することができずにいる魔法を解き放った。
「こ、これは……!」
炎に包まれる魔王。
やったか、とは口走らない。
それは絶対にやってないフラグだからだ。
「儂の体が燃えているではないか!?」
くっ、とうめき、魔王が膝をつく。
どうやら田助の魔法は魔王に通じるようだ。
「何て気持ちいいのだ……!」
通じたと思ったのは田助の勘違いだったようだ。
すっかり忘れていた。魔王がどうしようもないド変態であることを。
その後、今使える魔法をすべて使ってみた。
石弾、水刃、風刃……他にもいろいろ。
だが、そのすべてが、ド変態魔王には無意味だった。
いや、無意味どころか、悦ばせ、興奮させた。
その結果、魔法を行使したことによるMPの消費とは別に、田助の精神を著しく擦り減らした。
魔王はデーモンキング・ゴーレムにあったような、【物理耐性】や【魔法耐性】があるわけではない。
だからこそ、真・断ち切り丸の攻撃は決して受けずに弾いたり、流したりしたのだろうし、鑑定したからわかるが、魔法攻撃で悦びながらもHPは減ってはいる。
だが、それがどうしたと言わんばかりに、田助の前に立ち続ける。
決して倒れない。その気配が微塵もない。
田助は思う。
自分では魔王を倒すことはできないのだろうか。
魔王を倒すのは勇者じゃなければいけないのだろうか。
弱気になったわけではない。挫けそうになったわけでもだ。
ただ、目の前に立ちはだかる理不尽に対して、純粋に疑問に思ったのだ。
「儂がなぜ倒れぬのか、不思議に思っているみたいであるな」
魔王の言葉を、素直に認めるのは癪だった。だから田助はうなずかない。
「……まあ、いい。儂が倒れぬのは魔王だからか? 答えは否。ならば、儂はそういう特性を持っているからか? それも否。では、なぜ? それは――」
「それは……?」
「儂に、守りたいものがあるからである……!」
何てことだ、と田助は口の中で呟いた。
ド変態のことをかっこいいと思ってしまうなんて。
「……それは俺も同じだ」
「ぬ?」
田助の纏う雰囲気が変わったことに気づいたのだろう。魔王が眉根を寄せた。
「お前に守りたいものがあるように、俺にだって守りたいものがある!」
衣子、アンファ、ポチ、ウェネフ――シャルハラートも特別に、そこに加えてもいい。
「だから! 俺はお前に負けないし、お前を倒す! 絶対にだ……!」
これまでは、無職のおっさんと魔王の戦いだった。
だが、今からは違う。
大事なものを抱えた男同士の、どちらの想いがより強いか、それを証明する、そんな戦いだ。
田助と魔王の、意地と意地が激しくぶつかり合う。
田助の、真・断ち切り丸による斬撃は相変わらずすべて捌かれ、魔法も充分な効果を発揮しない。
魔王に田助の攻撃は通じない。
だが、それは魔王にも言えることだった。
魔王は武器を持っておらず、拳や蹴りによる攻撃を繰り出してくる。
クリティカルな一撃こそもらっていないが、細かい攻撃は受けていて、その度にごっそりと減るHPは、アイテムボックスから取り出したハイポーションを飲み干すことで回復。
決定打のないまま、田助と魔王は戦いを続け、それは永遠に続くかと思われた。
だが、そうはならなかった。
ダメージを受ける度にポーションを飲んで、即時に回復する田助に対して、魔王は何もしない。
真・断ち切り丸の攻撃こそ捌いているものの、魔法による攻撃はすべて受け止めていて、悦びながらも少しずつ、しかし確実に魔王のHPを奪っていたのである。
ついに魔王が膝を、そして手をついた。
「ぐぬぅ。お主、いったいどれだけのポーションを所持しているのであるか!?」
魔王の問いかけに対して、田助は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「敵に答えると思うか?」
格好つけたものの、残りはあと一本だった。
使い切ったところで、異世界ストアで購入すれば済む話だ。
しかし、そんなことをしていると、当然、隙ができるので、それは避けたかった。
何とか間に合って、ホッとしたというのが実情である。
「なるほど、道理であるな」
魔王は笑い、そして、
「お主の勝ちである」
倒れた。
「やった! 俺は魔王を倒したんだ……!」
快哉を叫ぶ田助を、駆け寄ってきた衣子たちが取り囲む。
「やりましたね、田助様!」
「魔王を倒すなんて。信じられない。でも、おめでとう」
「たー、たーぅ、たー!」
「わふわふっ!」
衣子、ウェネフ、アンファ、それにポチに褒められ、有頂天になる田助。
「まあ、確かに。倒したって言えば倒したわけだけど? 決定打に欠けてて、いまいち盛り上がりのない戦いだったわよね」
余計なことを口走ったのは、シャルハラートである。
「なあ、シャルハラート。今日は魔王を倒したことを祝して、豪華料理を用意するつもりだったんだが……」
「え、そうなの!?」
シャルハラートが喜色満面になって、あれが食べたい、これが食べたいと言い始める。
「だが、お前には何もやらん! 俺と魔王の死闘にケチを付けるような輩に食わせる飯はねえ!」
「ちょっと、何よそれ! 器がちっちゃくない!?」
「どうやらこの先一週間、飯抜きにして欲しいみたいだな……」
「誰よ器がちっちゃいとか言ったの! あなたなら絶対に魔王を倒せるって、私、信じてたわ! さすが私が見込んだだけのことはあるわね!」
「俺の勘違いじゃなければ、お前に見込まれた記憶はないんだが。というか、一文字違いで人生をめちゃくちゃにされた記憶ならあるんだが」
「ぷひゅー」
口笛を吹いて誤魔化そうとする駄女神だったが、吹けていなかった。
どこまで残念なのか。
「仕方ねえなぁ。今回だけ特別だぞ?」
「許してくれるのね!」
「一ヶ月飯抜きにしてやるよ。感謝してもいいぞ」
「するわけないでしょ! もういいわよ! 私はアンファ様に一生ついていくって決めたんだからぁ!」
いつもと同じサイズに戻ったポチの上にまたがっていたアンファを抱きしめようとしたシャルハラートだったが、ポチに吠えられ、あえなく玉砕した。
そんなふうに、さっきまでの死闘が嘘みたいな、いつものやりとりを繰り広げていた田助は気づかなかった。
背後から謎の影が迫っていることを。
影が手にした毒々しい雰囲気の短剣を、田助の背中に突き立てようとしていることを。
だが、その短剣が田助の背中に届くことはなかった。
「もう二度と、私の目の前で田助様を傷つけさせたりはしません!」
衣子が短剣を弾き、田助を守ったのだ。
「……ついさっき、散々魔王に傷つけられていたように思うんですけど」
再び余計なことを口走ったのは、もちろんシャルハラートである。
「田助様。駄女神の食事は」
「一生抜きだな」
「ついに一生になっちゃった!?」
当然である。
それはさておき、田助を襲った影の正体だ。
魔王の背中に乗っていた、あのゴスロリ美少女だった。
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