63:ダンジョン堪能を休むことにしてみた
「お前まで、まさか俺のことが心配だとか言い出すつもりじゃないだろうな? シャルハラート」
言外に、そんなことはあり得ないことだと匂わせながら田助が尋ねれば、シャルハラートは「うぐっ」となって固まった。
田助の自意識過剰でなければ、図星を指されたように見えるのだが。
まさか。そんなことあるわけが……。
「な、なななな何言っちゃってるのよ!? わ、わわわわ私があんたの心配をするなんてあるわけないでしょ!? お、おおおお思い上がりも甚だしいわ!」
シャルハラート、動揺しすぎである。
だが、これで確定してしまった。
どうやらそんなことがあったみたいだ。
「……いや、待て。おかしい」
「? 何がおかしいのよ」
「お前が俺のことを心配することがだよ。決まってるだろ?」
「私の話、聞いてないわけ!? 私があんたの心配をするなんてあるわけないって言ったでしょ!」
「おい、シャルハラート。いったい何を企んでやがる!? 大人しく白状しろ!」
「だから私の話を……って、待ちなさいよ。企むって何よ。どうしてそんな話になるのよ!」
「お前が俺のことを普通に心配するわけがないからだよ!」
絶対裏があるに違いない。
「だ、だから、あんたのことなんて心配してないって言ってるでしょ!」
「そういうのはもういいから」
「何も企んでないし、そもそもあんたのことなんて、全然っ、これっぽっちもっ、ま~~~ったく心配なんてしてないんだから! 変な言いがかりはよしてちょうだい!」
腕を組み、ふんっ! と盛大にそっぽを向くシャルハラートだった。
「どうやら大人しく白状するつもりはないらしいな。仕方ない。こうなったら」
「こうなったら?」
「お仕置きしてもらうしかないだろう、衣子に」
田助がそう言えば、「任せてください」とばかりに衣子がにっこりと微笑んだ。
「わ、私は超絶美しい女神なんだから! そんな脅しになんか絶対に屈したりしないわにょ!」
シャルハラートが噛んだ。あと、腰が完全に引けていた。
「にょ」
「う、うるさいわねっ! とにかくさっきから何回も言ってるけど、私があんたの心配するとかあり得ない妄想しないで欲しいんですけど!」
衣子が「どうしますか? お仕置きしちゃいますか? はい、します」とか言ってくるので、慌てて止めた。
最終兵器である衣子を持ち出してもこの態度。
実際にお仕置きすれば口を割るかもしれないが、そこまでする必要はないだろう。
だが、何かしでかした際、すぐに対処できるよう、ポチに見張っておいてもらうことにする。
「頼むぞ、ポチ。いざとなったら、遠慮しないでガブガブしていいからな」
「わふっ!」
「よし、これで一安心」
「――なわけないでしょ! 何よ、ガブガブって!? そんなことされたら痛いじゃない!」
痛いどころではないような気がするが。
「余計なことをしでかさなければいんだよ」
さて、と田助は気持ちを切り替える。
ろくでもないことを企んでいるに違いないシャルハラートは別として、衣子たちみんなが田助のことを心配している。
確かにダンジョンは危険なところだ。
命の危険に晒されたことも一度ではない。
だが、ダンジョン堪能は、もはや田助のライフワークと言っても決して過言ではないのだ。
それだけではない。
すでに田助のアイデンティティにもなっているのである。
というのも、今の田助は自他共に認める無職。
これでダンジョンにも行かないでいたら、そんなのはただの駄目な無職ではないか。
同じ無職でもダンジョンを積極的に堪能している無職の方がまだマシなはずだ。
田助がそんなようなことを呟けば、衣子が穏やかに言った。
「大丈夫ですよ」
と。
そして、こう続けた。
「そうなったとしても、何も問題はありません」
「いや、問題大ありだろ?」
「いいえ、ないのです。なぜなら」
「なぜなら?」
「私が田助様を養いますから……!」
キリッとした顔で言い切る衣子が男前すぎて、既に結婚しているのに、危うく結婚を前提とした交際を申し込むところだった。
それだけではない。
「くっ、なんていい笑顔なんだ! 思わず『養われたい!』とか思ってしまうじゃないか……!!」
「ふふ。我慢しなくていいのですよ、田助様。自分の心に正直になってください」
そう告げる衣子は、ふたりきりで行う夜のダンジョン探索(意味深)の時のように妖艶に微笑んだ。
田助の心は激しく揺り動かされた。
さらに追い打ちをかけるように、こんなことも衣子は言った。
「田助様が危ない目に遭うのは、本当に見たくないですから」
「衣子……」
田助は折れた。
「わかった」
「それではいよいよ私に養われる気に……!?」
「そっちじゃねえ!」
「……そうなのですか」
めちゃくちゃ残念そうな姿を見せられ、思わず『養われてもいい!』とか思った田助だったが、『って待て待て待て!?』と何とか踏みとどまることに成功した。『今はまだその時期じゃねえだろ!?』と続けて思ったりしたので、踏みとどまることに成功したかどうかは微妙なところかもしれない。
「わかったって言ったのはダンジョンだ。ダンジョンに行くの、しばらくやめることにする」
「え……!?」
「なんで衣子がそんな驚いた顔をするんだよ。ダンジョンに行かないでくれって、衣子が言ったんじゃねえか」
「そ、それはそうなのですが……ですが、田助様にとってダンジョンは特別な存在で」
「そうだな。それは否定しない」
田助がそう言えば、アンファがほっぺたを赤く染めてモジモジする。かわいい。
ポチにまたがっているアンファを抱き上げ、そのまま頬ずりしてしまいたくなるくらいだ。実際、した。我慢できなかった。
かわいすぎるアンファを前にしてうっかり脂下がってしまった表情をクールに引き締め、「だけど」と田助は話を続けた。
「大事な嫁を筆頭にしてみんなが悲しい顔をしてるのに、それを無視してダンジョンに行くのは俺には無理だ」
「田助様……」
衣子だけでなく、みんなが寂しいような、切ないような、そんな顔をする。
……そんな顔が見たいわけじゃないのにな。
田助は自分自身がどれだけみんなに思われているのかを実感して、胸の奥がくすぐったくて仕方がなかった。
何にせよ、今はみんなに笑顔を取り戻すことが先決だ。
「まあ、なんだ。ダンジョンを堪能するってのは、何もダンジョンに赴くことだけじゃないんじゃないかって思うんだよ」
田助の言葉に、真っ先に反応したのはウェネフだった。
「ご主人様、大丈夫? その……」
ウェネフの視線の先は田助の頭に向けられており、しかも何とも痛ましいものを見る表情をしているので、何を心配しているのか、まるわかりだった。
「毛根の心配なら必要ねえ!」
「ううん、そこじゃなくて――いや、そこもなんだけど」
「冗談で言ったことがまさか肯定されるとは……!?」
「大丈夫ですよ、田助様。私は田助様がぴかぴかになったとしても、田助様のことが大好きですから!」
「衣子……!」
衣子の懐の深さに感激する田助だったが、後で異世界ストアで毛生え薬を検索しようと思った。売っているといいのだが。
「まあ、俺の毛根はさておき。俺の頭はいつもどおり、平常運転中だ」
「そうね。ご主人様はいつも頭が……」
「最高にいかしてるだろ?」
「………………」
「おい、何とか言えよ。無視されると照れ」
「――る要素はどこにもないと思うんだけど!?」
微妙にいつもと違うツッコミをしてくるウェネフ。
やはり、ここまでやらないと落ち着かない。
田助は満足げにうなずいた。
「誰かさんのせいで逸れた話を戻すとだ」
ウェネフが恐い目を向けてくるが気にしない。
「たとえばだが、これまで何度も堪能してきた廃病院ダンジョン。その新しい攻略方法を考えたとしよう。これまで使用してきた武器や道具を一切使わないで、どれだけ多くのアンデッドモンスターを退治するとか。そういう縛りプレイを考えるだけでも、俺は丼飯三杯は軽くいけるぜ!」
「さすがダンジョンバカね」
シャルハラートが呆れたように言う。
「褒め言葉として受け取っておくぜ。あと、それだけじゃないからな? 異世界ストアで掘り出し物がないかをチェックして、見つけた装備やアイテムでダンジョンを攻略することはできるのか。そうやって想像、否、あえてここはこう言おう! 妄想を膨らませるのだって、それはそれで充分にダンジョンを堪能していることに繋がると俺は思うんだよ!」
旅行ガイドやその土地に関するエッセイやら何やらを読んで、まだ見ぬ旅先へと思いを馳せるみたいな。
実際に旅行はしていなくても、それだって充分、楽しいひとときを過ごせることには違いないわけで。
実際にダンジョンに赴かずとも、ダンジョンを楽しむ方法はいくらでもある。
だから、と田助は衣子たちを見た。
「しばらく、ダンジョンに行くのは休むことにする」
ダンジョンに起こっている異変。
気にならないと言ったら嘘になる。
だが、今は英気を養う時ということにしておこう。
「田助様……」
衣子の表情は優れないまま。
いや、衣子だけではない。
アンファも、ウェネフもだ。
本当に、そんな顔はして欲しくないのだが。
こうなったら最終手段である。
「笑ってくれ。頼む!」
直截、言葉にした。
言葉だけはない。
顔の前で手を合わせて、頭まで下げてお願いしてみた。
「お願いするなら、それなりの方法があると思うの」
そう言ったのはシャルハラートである。
「どんな方法だよ?」
駄女神の言うことだから、ろくでもないことに決まっているが、一応聞いてみた。
「みんなでここに行くって約束するのよ!」
シャルハラートがチラシを見せてくる。
それはここ最近、近県にできたという新しいテーマパークのものだった。
「駄女神のくせして、ろくでもないことじゃないだと!?」
「ちょっと! どうして衝撃を受けるのよ!?」
シャルハラートの文句は却下する。
「まあ、いいわ。女神であるこの私は寛大な心であんたの愚行を許しましょう。……でね? このテーマパークにいけば憂鬱な気分も吹き飛ぶし、一石二鳥だと思うのよ」
「なるほど……」
確かにそれはいいかもしれない、とまで思ったところで、田助は気がつくことがあった。
「用意がよすぎないか……?」
このタイミングでチラシを見せてくるとか。
もしかしてシャルハラートが、田助がダンジョンに行くのを阻止した理由は、ここに遊びに行きたいだけだったのかもしれない。
駄女神のくだらない企みというか思惑はさておき、この提案自体は悪いものではないだろう。
いい気分転換になるに違いない。
「それにダンジョンを堪能してばかりで、ろくに家族サービスもしてこなかったしな」
「そんな! 私は田助様と一緒にいられるだけでうれしいのです……!」
「た~!」
迫るように言いつのった衣子に、アンファがこくこくと大きく頷いて同意を示す。
二人がそう言ってくれたことに、田助は素直に喜ぶ。
だが同時に、甘やかしすぎだとも思った。
「それはそれ、これはこれだ。みんなで出掛けよう」
「では田助様、本当にしばらくダンジョン堪能はお休みするというのですか……?」
という衣子の言葉に、
「ああ」
そうやって田助がうなずいた時だった。
「いやはや、それは困りましたね」
聞き慣れない声がした。
「誰だ!?」
見れば部屋の中に、見知らぬ人物がいた。
いや、違う。
人ではない。
ソファに腰掛けていたのはタキシード姿で、病的なまでに青白い肌に、深紅に輝く瞳の持ち主。
口を開けば鋭い犬歯――否、牙が覗く。
吸血鬼だ。
「皆様、お初にお目に掛かります。我輩は諦観のテンペスト。魔王四天王の一人です」
ダンジョンに、いつの間にか魔王が発生していたらしい。




