62:行く手を阻まれてみた
生来、大人しいはずのロングホーン・タートルの暴走。
奪われた雛を取り返して欲しいと訴えておきながら、姿を消したワイルドペングル。
ダンジョンに起こった異変を、ダンジョンコアであるアンファは知らなかった。
いや、異変と断じるには、いささか早計かもしれない。
だが、今までと違う何かがダンジョンに起こっているのは間違いないと、田助のダンジョンセンシズが強く訴えかけていた。
ちなみにこのダンジョンセンシズというのは、なんかその方がかっこいいと思った田助がそれっぽく言っただけであって、実際はただの勘である。
とはいえ、衣子やアンファたちとともにダンジョンで寝起きし、ダンジョンを堪能しまくる日々を過ごしてきただけに、田助は自分のダンジョンセンシズに自信があった。
それを確かめる意味も含め、今、ダンジョンに何が起こっているのかを突き止めようと、田助は今日もウキウキとダンジョンを堪能……というのは間違いで、キリリと顔を引き締めてダンジョンに赴くつもりだった。
だが、できなかった。
田助の行く手を遮るように、立ちはだかる者たちがいたからだ。
廃病院ダンジョンの住居部分から、廃病院ダンジョンへの接続部分――つまり、廃病院ダンジョンへの入口に立つ人影。
まず田助の目に飛び込んできたのは衣子にアンファ、それにポチである。
「田助様、ダンジョンに行くのをやめてください!」
衣子が胸の前で手を組んで訴えかけてくる。
そうしていると胸がやたらと強調されて、田助は目のやり場に困った。
「田助様、私の話を聞いてくれていますか?」
「も、もちろん!」
「嘘ですね。田助様は私の胸を凝視して聞いていませんでした」
「ぎょ、凝視なんてしてねえ!? ちらっと見ただけだ!」
「そうです、ちらっとです。駄目じゃないですか、田助様!」
正直に話したら怒られた。なぜ?
「私たちは夫婦なんですから、堂々と凝視してください。いいですね? はい、いいです。堂々と凝視して、隙あらばつついたり、揉んだりしていきたいと思います。それはとてもいい心がけですね?」
「俺の返事をねつ造するな!?」
「では、凝視するつもりも、隙あらばつついたり、揉んだりすることは絶対にないと?」
「……あ」
「あ?」
「あるかもしれません!」
「よくできました。そんな田助様にはご褒美をプレゼントしなければいけませんね。ご褒美は私に一生養われる券です。おめでとうございます」
「まだ俺のことを養うことを諦めていないのか!?」
「当然です」
当然なのか。
「一生、諦めません」
しかも一生なのか。
「――って、話を逸らさないでください、田助様」
「話を率先して逸らしていたのは衣子のような気がするんだが」
「確かに」
「認めちゃった!?」
衝撃を受ける田助だったが、割と衣子はいつもこんな感じだったなと思い直した。
「では、話を戻しましょう。……田助様、ダンジョンに行くのをやめてください!」
衣子が続ける。
これまでも田助はいろいろと危ない目に遭ってきた。
グールにおいしくいただかれそうになったり、メタルバジリスクに金属化させられそうになったり。
だが、それらはすべて田助の口から語られるだけだった。
しかも衣子たちに心配をかけまいという配慮から、面白おかしく脚色した感じでだ。
それもあって心配し、怒りもした衣子だったが、それほど深刻な感じにはならなかった。
しかし、先日、ロングホーン・タートルに襲われ、田助が命の危機に晒されたのを実際に目の当たりにしたことで、衣子は改めてダンジョンの危険性を認識した。
「田助様がダンジョンを好んでいる……いえ、愛していることは充分わかっています。ですから、そんな田助様にこんなことを告げるのはどうかと思いました。ですが、あえて言わせてください。私は田助様を失いたくないのです!」
衣子は田助の趣味や嗜好を充分に理解しながらも、それでも田助を愛するがゆえに、ダンジョンに赴こうとする田助の前に立ちはだかる選択をした。
苦渋の決断だったに違いない。
実際、衣子の表情には並々ならぬ決意が見て取れる。
田助の好きなものを奪うことに対しての罪悪感、だがそれでも愛する人を守りたいという真摯でひたむきな想い。
だからこそ田助の心は打ち震える。
いまだかつて、こんなにも誰かに思われたことがあっただろうか。
こんなにも自分のことを思ってくれる衣子が、自分の嫁で本当によかった。
衣子と出会った時の田助の運の数値は最悪だったはずなのに、それでも巡り会えた運命には感謝しかない。
「たー!」
アンファも衣子と同じ気持ちであることを全身を使って伝えてきた。
具体的には田助の足にぎゅっと抱きつき、潤んだ瞳で上目遣い。
かわいすぎる。天使だろうか?
「なあ、アンファ。アンファは天使――じゃなかった。ダンジョンコアだよな?」
「た」
「なら、俺が堪能しないとなると、存在意義がなくなるんじゃないのか?」
田助の疑問に、アンファは答える。
「たー、たた、たーぅ、たーた、た!」
「そ、そうか!」
感動する田助だったが、アンファが何を言っているのかはさっぱりわかっていない。
なので、衣子に通訳を頼むと、こういうことを言ったらしい。
大好きな田助を失うよりずっといい! と。
「アンファ!」
足からよじ登って田助の胸元にたどり着いたアンファが、さっきより強く抱きついてくる。
「わふっ、わぅふ!」
ポチが田助の足と足の間を器用に歩き回りながら、自分も田助のことを思っていると伝えてくる。
一緒にダンジョンに行かなかったため、ポチは実際に田助の危機的状況を目にしたわけではない。
だが、衣子から語られたことを聞き、どうして自分はついていなかったのか、自分がついていけば田助にそんな目は合わせなかったのに! と言わんばかりの態度を示すようになっていた。
今はちょっと大きな犬にしか見えないが、ポチの正体はスカーレットフェンリルと呼ばれる、炎属性の巨大なモンスターなのである。
その実力は折り紙付きで、ダンジョンでレベリングした際は大変お世話になった。
衣子にアンファにポチ。
みんなの気持ちがうれしい、いや、うれしすぎる田助だった。
思わず滲んでしまった涙が照れくさくて、「おおっと、目から汗が出てきた」と言って拭いつつ、田助は他にも目を向ける。
「で」
実は田助の前に立ちふさがったのは、衣子たちだけではなかった。
「ウェネフは何でだ?」
「あなたは一応、あたしのご主人様だし? ご主人様に何かあったら大変だから――でも、それだけ。本当にそれだけだから! 勘違いしないでよね!?」
「ツンデレかな?」
「違うから!」
違うらしい。
とはいえ、
「奴隷にそんなに心配させるなんてな。いやぁ、照れ」
「――る要素はどこにもないから! というか、勘違いしないでって言ったわよね!? 人の話はちゃんと聞いて!」
「それは難しい相談だな……」
「しみじみ言わないで!?」
しみじみ言ったら駄目らしい。
ならば、これならどうだろうか。
「わはは、難しい相談だなぁ!」
「言い方の問題じゃないから……!!」
相変わらずウェネフのツッコミは心地がよいと田助が笑えば、むぅっ! とウェネフに睨まれた。
ウェネフは田助が異世界ストアで購入した奴隷であり、奴隷として主人である田助のことを気遣うというのは、理解できる。
だが、もう一人は理解できなかった。
「お前まで、まさか俺のことが心配だとか言い出すつもりじゃないだろうな? シャルハラート」
そう。
田助の行く手を遮るように立ちはだかった者の中には、駄女神シャルハラートの姿もあったのである。
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