54:町中を徘徊するゴブリンを退治してみた
ゴブリン退治は困難を極めた。
当然だ。
町は広く、ゴブリンが隠れられる場所はいくらでも存在している。
自動販売機の物陰、駐車場の片隅、雑木林の中、住む者のいなくなった住居……挙げていけばキリがない。
対して田助たちは探す人員が限られている。
田助、衣子、ウェネフ、シャルハラート、それにポチにまたがったアンファ(分身)。
どう考えても無理がある。
だが、それでもやらなければいけないのだ。
ダンジョンを――アンファを守るために。
疲れた表情を見せる衣子たちを労い、時にはポーションを飲んで体力を無理矢理回復させながら、田助は昼夜問わず、懸命にゴブリンを探し続けた。
一方、モンスターが溢れないよう、ダンジョンを堪能――ではなく、モンスターを倒すことも忘れない。
「必殺ッッッッッッッッッッ! 禁牙神念!」
その昔、凄まじい怨念を抱いたことによってその存在を禁じられた牙神を召喚、敵を遍く呪殺する、呪われた必殺技である。
当然、田助の思いつきであって実在しないし、真・断ち切り丸でバッタバッタとなぎ倒すだけだ。
サラリーマン時代よりよほど働いているような気がする。
だが、悪い気はしなかった。
いや、むしろ充実感がすごい。
「ヤバい、テンション上がってきたぁ……!」
今ならどんなモンスターでも倒せる気がする。
衣子たちが止めるのも聞かず、砂漠ダンジョンの頂点に立つレベル500を余裕で超える砂嵐角竜に立ち向かった。
この砂嵐角竜、一見、角のあるトカゲなのだが、サイズが規格外。
20階建てビルを横に倒したくらいは余裕にある。
空は飛べないし、炎を吐くようなこともしないが、名前にもあるとおり、砂嵐を自由自在に操り、こちらを翻弄する。
それでもこの時の田助はこいつを倒せると思っていた。
だが、命からがら逃げ出した。
廃病院ダンジョン、その住居部分でがっくりとうなだれる田助。
「倒せる気がしただけだった……。全然駄目だった……」
何でそんなにテンションが上がってしまったのか。
5日連続の徹夜がよくなかったのか?
しかしこの程度、サラリーマン時代だって珍しくなかった。
何より今はポーションがあり、全然眠気を感じない――いや、待て。おかしい。
田助が飲んでいたのは体力を回復させるポーションで、それが効かなくなるとハイポーションに切り替えた。
眠気が取れるポーションではなかったはずだ。
自分はいったい何を飲んでいたのか。
ポーションはすでに飲みきっていたため、鑑定することはできない。
なので、異世界ストアで購入履歴を検索。
「あった、これだ! ハイ……テンション、ポーション?」
効能、ハイテンションになる。
以上。
いや、違った。
他にも彼女ができたり、夜に妻がとても喜んでくれるようになったり、お金持ちになったりする効果もあるようだ。
ただし、すべて、
『※個人の感想です。』
それを見て田助は、
「はははは」
と笑ってから、
「いつものインチキ業者じゃねえか!」
おそらくハイポーションと間違ってこっちを購入したのだろう。
当然、この業者は異世界ストアに通報しておいた。
おそらく名前を変えて、再び出品者になるだろうが。
「だが、俺は決して諦めない! 何度でも立ち上がって、そのたびにお前を倒してやる!」
田助が無駄に熱く叫べば、
「さすがです、田助様!」
衣子が言った。
ちなみに、さすが要素はどこにもない。
「かっこいいです!」
かっこいい要素もどこにもない。
ただただ田助が恥ずかしくなるだけだった。
そんな羞恥心を、さらにインチキ業者に騙されたことに対する怒りを、田助はゴブリンにぶつけることにした。
「覚悟しろよゴブリン! 見つけ出して、ギッタンギッタンにしてやるからな!」
「八つ当たりね」
うるさいぞシャルハラート。
「完全に八つ当たり。間違いない」
断定するんじゃないウェネフ。間違ってはいないが。
「さ、さあ、今日もゴブリンを探すぞ……!」
いつものように田助と衣子、アンファとポチ、ウェネフとシャルハラートという感じに分かれて、ゴブリンを探す。
緑色した小汚い、ちっこいおっさんが徘徊しているという噂が立ち始めているが、まだそれがゴブリンであるという確信には至っていない。
「……けど、それも時間の問題だ」
田助の呟きに、
「そうですね」
衣子が応じる。
このまま目撃情報が増え続ければ、ゴブリンではないかと考える連中が現れるだろう。
実際、ネットなんかを見てみれば、そういう声を見つけることができる。
「早く見つけないと」
「はい」
と衣子がうなずいた時だった。
野太い悲鳴が聞こえてきた。
「衣子、こっちだ!」
向かった先で、会社帰りの男性に襲いかかっているゴブリンがいた。
アスファルトの上に転がされた男性の上にゴブリンがまたがり、
「GYA、GYA、GYA……!」
腐った卵みたいな臭いのするよだれを垂らしながら、そこら辺で拾ったのだろう、鉄パイプを振り上げる。
かなりギリギリだ。
それでも間に合うと田助は思った。
「レベル170を舐めるな……!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
男性――高木信一は家路を急いでいた。
今日は一人息子の誕生日なのである。
プレゼントは通販で購入し、昨日のうちに届いている。
食事は妻が用意してくれているだろう。
後は自分が帰ればいいだけだった。
ただそれだけだったのに――どうしてこんなことになってしまったのだろう。
化け物に襲われた。
緑色の肌。黄ばんだ乱杭歯。腐った卵のような臭いのする唾液。血走った目。
化け物は鉄パイプを振り上げる。
それが振り下ろされた時、自分はどうなってしまうのだろう。
きっと無事では済まないはずだ。
これが夢ならどんなによかったか。
だが、現実だ。
化け物に引きずり倒された時、ぶつけた肘や腰に感じる痛みが、それを教えてくれる。
ああ、本当に夢だったらよかったのに。
高木は愛する妻と息子の名前を口にして、それが最後の言葉になるはずだった。
だが、ならなかった。
想像していた痛みはいつまで経っても襲ってこない。
当然だ。
突如、どこからともなく現れた自分と同年代の男が化け物がものすごい力で振り下ろした鉄パイプを受け止めたのだから。
男はパイプを掴んでいない方の手で、化け物を殴り飛ばした。
化け物はマンガみたいに吹っ飛び、ガードレールにぶつかって、ガードレールを歪ませた。
そこだけを見れば、まるで交通事故現場だ。
そこから先の記憶はおぼろげだ。
たぶん、目の前で繰り広げられた出来事が、あまりにも現実離れしていたからだろう。
男が近づいてきたと思ったら、
「怪我をしているみたいだから、これを飲むといいですよ」
と液体の入った瓶を渡された。
言われるまま飲めば、体の内側から熱くなり――肘や腰に感じていた痛みが消えてなくなった。
それから、
「あと、できればこのことは黙っていてくれるとありがたいです」
そう言い残して、綺麗な女性と連れ立って、現れた時と同じように忽然と姿を消した。
夢でも見ていたのではないかと思う。
だが、ガードレールは歪んだままだし、自分は地面に転んだままだ。
痛みは消えてしまったが、夢ではないと思う。
ふらふらした足取りで家に戻れば、笑顔の息子と妻に出迎えられた。
帰ってきたのだ。無事に帰ることができたのだ。
高木は泣いた。
泣きながら息子と妻を抱きしめた。
その後、この付近で緑色をした謎の生物が多数目撃されているとマスコミが騒いだことがあった。
家族みんなで買い物に出掛けた時、インタビューを受けた。
化け物を見たか否か。
化け物は本当に存在すると思うかどうか。
高木の答えは決まっていた。
「化け物がいるかどうかは知らないが、ヒーローがいることは知っている」






