22:プロポーズしてみた
「それじゃあちょっとダンジョンまで行ってくる」
現代社会においてあまりにも馴染まないその挨拶を、だがしかし田助はカッコイイと思っていた。
ちょっとダンジョンまで行ってくる。
何度口に出しても色褪せることがない。
むしろ何度でも口に出したいし、声に出して読みたい日本語として大々的にアピールすべきなのではないか。
だがそうするとダンジョンの存在が世間一般に知れ渡ってしまう懸念がある。
俺だけが知ってるダンジョン感がなくなってしまうのはよろしくない。
実際は田助だけでなく、衣子もダンジョン本人(?)であるアンファも知っているのだが。
「田助様は本当にダンジョンがお好きですね」
「衣子、その言葉は正しくないな。より正確に言うのならこうだ。俺はダンジョンを愛している!」
「たぁっ!?」
田助の発言にアンファが『ふぁっ!?』みたいな感じで驚いていた。
それからぷにぷにの手で顔を隠してもじもじし始める。かわいい。
「なるほど。やはりアンファ様は私の最大のライバルという認識で間違いないみたいですね」
衣子の発言に、もじもじしていたアンファが受けて立つと言わんばかりに腕を組んだせいでころんと尻餅をついた。やっぱりかわいい。
「では、田助様。心ゆくまでダンジョンを堪能してきてください」
「たーぉ!」
そうして衣子とアンファに見送られて、田助はダンジョンに向かった。
田助がダンジョンに向かう目的は、ダンジョンを堪能するためというのが一番大きい。
衣子もアンファもそう思っているだろう。
田助に取り憑いて悪さをしていたシャルハラートの怨念を退治することで、田助の運の数値は【1】になった。
そのおかげで今までモンスターを倒してもドロップしなかった魔石やアイテムがドロップするようになった。
今までは経験値という形でしか倒した実感を得られなかったが、ドロップアイテムでも倒したことを実感できるようになった。
スケルトンやゾンビ、ゴブリンやスライムばかりなので、大したものはドロップしないが、それでもそれを集める快感は病みつきになるほどだ。
アイテム収集系のゲームに嵌まる人の気持ちがよくわかる。
だが、今、田助がダンジョンに赴く理由はそれじゃない。
では何か?
それは……。
半日ほどしてダンジョンから田助は戻ってきた。
いつものように出迎えてくれた衣子とアンファが、田助を見て固まる。
田助が怪我をしているとか、そういうことではない。
問題はその格好。
白のタキシード姿なのだ。
衣子がぽかんと口を開け、呆れたような顔をしている。
無理もない。
自分でも似合ってないと思う。
だが、それでも、この格好じゃなくちゃ駄目なのだ。
だって――。
「綾根衣子さん」
田助は衣子の前で跪いた。
「俺と結婚してくれますか?」
アイテムボックスから指輪を取り出す。
プロポーズだった。
なら、やっぱり、それなりの格好をしないと駄目だろう?
いきなりだと思われただろう。確かに田助自身、そう思われてしまうのも仕方ないと思う。
最初は強引に、押し切られる形で許婚になった。
美人だし、自分にはもったいない女性だと思ったし。
もっと他に相応しい人がこれか先、出てくるんじゃないかとも考えた。
だが、衣子は田助のことを本気で思ってくれた。
田助が呪われているとわかった時は、それを何とかしようと立ち上がり。
何より田助が好きなものを認めてくれる。
魔石を初めて手に入れた時、衣子が田助に向けてくれた笑顔が忘れられない。
石ころを手に本気で喜ぶ田助に対して、本気で「よかったですね」と言ってくれた。
その瞬間、初めて本気でこの人が好きだと思った。
この人と一緒に生きていきたい。
あの日から今日までダンジョンに挑んでいたのはドロップアイテムを現金化して白のタキシードと婚約指輪を手に入れ、こうして衣子にプロポーズするためだった。
「あ、えっと……衣子?」
衣子は固まっている。
「衣子さーん?」
やはり衣子は固まっている。
「もしもし衣子さーん? ……あれ? 何で動かないんだ? ……はっ!? もしかして俺、時間を操る系のスキルを手に入れてしまったのか!?」
思わず自分自身を鑑定してみたが、そんなものは手に入れていなかった。残念。
「田助様、どういうことですか!?」
再起動した衣子が恐い顔で詰め寄ってきた。
あれ? ちょっと待って? おかしくない?
ここは感動して抱きついてきたりするところじゃないのか?
「田助様、聞いていますか!?」
衣子に睨まれた。恐い。
「どうしたんですか、この指輪は! それにその白のタキシードも!」
「異世界ストアで買った」
この世界で買うことも考えたが、どうせ買うならその方が自分らしいと思ったのだ。
「高かったはずです!」
「あ、わかる?」
「わかります! そのタキシード、仕立てもいいですが、何より生地が素晴らしいです」
そのとおり。
ホワイトサーペントと呼ばれる竜の一種。
その強固な皮をなめしたものらしく、防具としても使える実用品でもあったりするのだ。
つまり、この格好でモンスターと戦うこともできるというわけ。
目立つこと請け合いである。
「それにこの指輪……何かすごい力を感じます」
「身を守る加護が最大限付与されているものを選んでみた」
「田助様。田助様は運が【1】なんですよ?」
「嫌になるくらい知ってるよ」
「なら、モンスターからアイテムがドロップする確率は低いはずです」
「違うな、衣子。めちゃくちゃ低いってのが正解だ」
正直、100体倒して、1回何かがドロップすればいい方だ。
「それなのにこんなにすごいものを手に入れようと思ったら――」
「モンスターを倒して、倒して、倒しまくればいいだけだ」
「もう! 田助様は本当にバカです!」
怒られた。
プロポーズしていたはずなのに。
やっぱりおかしくないか?
なんて思っていたら、衝撃がやってきた。
「でも、大好きです、田助様!」
すぐ耳元で衣子の熱い声が囁く。
衝撃は衣子に抱きつかれたことによるものだった。
「プロポーズの返事、まだ聞かせてもらってないんだけど」
「そんなの決まっています! ……喜んでお受けいたします田助様! 末永くよろしくお願いいたしますね!」
田助の胸に喜びが広がる。
「ああ。こちらこそ、末永くよろしく」
「私ばかり田助様のことが好きで、田助様は私のことなど何とも思っていないかと思っていました」
少しだけ悲しそうな声で衣子が言う。
「は? 何言ってるんだよ、そんなことあるわけないだろ?」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
「では、どれくらい私のことを思っていてくれましたか?」
「どれくらいって――」
「私は両手いっぱい広げたくらいでしょうか」
「なら、俺はそれ以上――そうだな。両手を何十倍にも広げたくらいかな」
「でしたら私はそのさらに何十、いえ、何百倍で」
「だったら俺はもっと――って、衣子、謀ったな!?」
悲しげだったはずの衣子の声はその逆、心の底から楽しげなものになっていて。
見れば眩しすぎる笑顔を浮かべていた。
どうやらどれくらい好きか、言わされたようだ。
「嫌いになりましたか?」
「なるわけがないだろ、そんなことで」
いや違うな、と田助は続ける。
「俺が衣子を嫌いになることなんて、この先、絶対にない」
田助は涙を流して喜ぶ衣子を思いきり抱きしめた。
その視界にすっかりほったらかしにされたアンファが映る。
「たーぃ」
今は衣子に譲る、そんなふうに言っているように田助には見えた。
これにて第一部完結です。引き続き第二部をよろしくお願いします。




