偏愛者第二号 私の身代わり
片方の子供しか愛せないお母さんの話です。
なっぴぃは今日も田んぼ駅から宝箱駅行きの電車に乗ろうと駅を急ぐ。
昨日の芳香男の一件は、なっぴぃのパンティだらけの脳内からすでに消えかかっている。
「あの!なっぴぃさん!」
突然横からずいっと顔を突き出した男に、なっぴぃはよろける。
「ワッチョイ!ベイベー!こりゃびっくらこいた。ワイに何かようざんスカ?てか誰?」
「ええ!昨日の昨日の!」
そう言って素早元(偏愛者第一号を参照)は自分の顔となっぴぃの足元を交互に指さす。
「ああ。かかしちゃんかいな。なんだい」
「あの、今日から一緒に朝行ってもいいですか?あ、とはいっても、俺はここから二駅ですけど」
なっぴぃは元を見る。
「まあ、ワイはあんたが勝手についてくるだけなら構わんが。それでいいかいな?」
「は、はい!」
まったく、無邪気な子だこと。
*
あの見せパン野郎。今日もいる。しかもあのコアラ野郎が今日は隣に引っ付いている。なぜ?
一体何があった?
まあいい。私にはそんなこと構っている暇はない。今は二人の幼稚園生の母親をやるだけで精一杯だ。
パパ、今日もちゃんと“たける”と“みつき”“を幼稚園に送ってってくれるといいんだけど。
私は、「見せパン」と「コアラ」という異色のマーチの横を通りすぎる。
その際、見せパン野郎をちらりと見ると不運なことにあっちと目が合ってしまった。
パチッ☆彡
ウインク!?
私は動じていないふりをして真顔で顔を戻した。
途中見せパン野郎を笑う人の声が聞こえ気分が悪くなる。まあ、人気者だこと。よかったわね。
そして幼稚園がある宝箱駅方面とは違う胡麻樫駅方面の電車に乗り込む。
*
あのメスたぬき、化粧濃すぎてパンダみたいねまったくうふふ。
それにしてもあんな怖い顔でこっち見なくてもいいのにん!つまんないん!
すまんすまん、取り乱した。
「あのギャル、昨日もいましたよ。俺がちょっとエスカレーターを降りるのが遅かったからって、すっごい剣幕で怒っちゃって」
かかしちゃんは鬼瓦のような顔をする。
「ほ~ん」
それから無事に昨日乗り損ねそうになった時間の電車に乗り、かかしちゃんは2駅目で早々と
「じゃあ、また、明日」
と、言い電話を降りた。
その後、思い出したように扉が閉まる直前にウインクをしてきた。
まったく、モテるって罪だわな~。
*
私には二人の息子がいる。
一人は5歳のたける。もう一人は4歳のみつきである。同じ「赤花幼稚園」に通わせている。
私は息子が大好きだ。でもたけるだけ。みつきはどうしても好きになれない。
この間だって、竹内先生から家にわざわざ電話があったという。
電話を受けたのは旦那で、話によると、
「みつき君はいつもお部屋に飾ってある風船を剥がしては割るんです。その音に周りのお友達がとってもびっくりしてしまって…まだこの年だと泣き出してしまう子もいるので、お父様やお母様のお口からご注意願えませんか」
という心底困っている感じだったらしい。
旦那がみつきに言ってくれればいいのだが、
「うちには風船は置いてないんだし、風船を置く幼稚園側が悪い」
の一点張りで、みつきを叱ってくれる見込みはない。
はあ、今日仕事早く切り上げていかないと。憂鬱だ。
*
幼稚園につくと竹内先生は、またなっぴぃにエプロンとパーカーを渡した。
「ありが10」
「どういたしマンモス」
「……。」
「あっすみません!」
竹内先生は頬を赤らめる。
「いやいやええねんええねん。いいお友達になれそうでワイ嬉しいねん!」
なっぴぃはひまわりのように笑った。
その顔を竹内先生はじっと見る。
「やっぱり」
「あっ!たけっちとみっつんが来ましたねん!ワイ行くでやんす!」
竹内先生の話を遮るとなっぴぃは駆け出した。
「おっは~!元気かYo!」
「元気だYo!」
「おお!みっつんほんま元気でええのう」
「たけっちは?」
「元気!」
「そーかいそーかい!ほないくで」
なっぴぃは二人の手を取って歩き出そうとした。
と、そこで父親に言われる。
「風船、置くのやめてください。じゃあ。」
「What?」
振り返った時父親はもうすでに門を出ていくところだった。俊足だ。
みつきは部屋に入った途端、赤い風船を見つけ抱きしめた。
ご丁寧にぎゅーっ。ぎゅーっ。っと口で言っている。
その後、他の幼児やってきてもひたすら風船を抱きしめているのだ。
「おい、みつ!いい加減それやめろよ。ママンにもいわれたろ」
たけるが言う。
「やだ!ボクもぎゅーしたい」
その途端、
パーン!!
風船が割れる。
比較的うるさかった室内はそこで動物園へと姿を変える。泣き叫ぶ子。絶叫する子。
サルのケージよりも確実にうるさい。
当のみつきも硬直していたが、すぐに別の赤い風船を収穫してきてまたぎゅーぎゅーし始めた。
竹内先生が必死にほかの幼児を泣き止ませようと奮闘している。
「なっぴぃさん!風船、回収してください!」
「らじゃ」
なっぴぃは部屋の中の沢山の風船を回収し始める。すべて回収し終えて、残るは一つ。
みつきの抱えている風船である。
「みっつんそれ、ワイもほしいなっ☆彡」
「やだ」
「風船すきなの?」
「すき」
「どれくらい?」
みつきが手を大きく広げる。そのすきになっぴぃは風船を奪い取る。
「うわ============!」
みつきの絶叫。
なっぴぃはその様子を見てすぐさま風船をみつきにを返す。するとみつきは防犯ベルに栓をしたようにまた静かになる。
「そうよねえ。好きなもんは好きよねえ。ワイもパンティコレクション奪われたらブラジルまで叫ぶもんなぁ。」
それからは風船は何とか午後まで割れずに済み。お迎えの時間になった。
他の幼児が帰っていく中、なかなかたけるとみつきの迎えは現れない。
「パパン、遅いな」
「うん」
みつきは返事をする。
10分ほどしてそこに現れたのはあの奇抜な化粧のメスたぬきだった。
*
たけるとみつきを迎えに行くと、みつきは案の定、風船を抱えていたが、私の姿を見ると風船を放り出し、私に抱き着いてきた。
反射的に振り払う。
「みつき。風船なんか抱きしめるの、やめなさい。お母さんねあんたが変なことするからお仕事、途中で抜けなくちゃならなかったの。分かる?」
「ママン……。」
今度はたけるが抱き着いてくる。
「ママン!僕はいい子にしてた!」
「そう。みつきもたけるみたいにいい子だといいんだけどね。帰ったらプリン食べようね」
「うん!」
たけるは言った。
*
なんだよ。そういうことかいな。このギャルメスたぬき、なーんにもわかってないんだなあ。
そのそばでみつきはまた赤い風船を抱きしめる。
パーン!
本日二度目の風船爆発である。
「みつき!何して、というか、先生!まだ風船置くのやめていないんですか?旦那から何か言われてませんか?」
「すみません。風船がないと、みつき君泣き止まないもので。私もどうしたらいいものか困っているんです」
竹内先生は必死に言い訳をする。
「なんでみつきはこうなのかしらね」
メスたぬきはみつきを睨みつけた。
はあ。もう、これは、ワイの出番か。
なっぴぃはエプロンを脱ぎ、パーカーをゆっくりほどいた。
*
目の前の幼稚園の先生が急にエプロンとパーカーを脱ぎ始めた。
何々?
パーカーを取った時、朝見た光景を思い出す。
あの、変質者だ。
チューリップがらの紐パンが、浅いジーパンから10センチほど見えている。
思わず、たけるとみつきを危ない見せパン野郎からかばおうと、自分の元に引き寄せる。
「ちょちょっと。何してるんですか?というかこんな変な恰好した男が幼稚園の先生をやっていていいんですか?」
私が言うと竹内先生は何か言いたげに困った表情を見せる。
風船を見せパン野郎は拾い上げ、言った。
「みっつん、風船落としたよ。いるかいな?」
「いらない」
「ほいほい」
男は満足げに頷く。
「え?なぜ。」
私はそう思ってみつきを見る。
みつきは嬉しそうに私の腰にしがみついている。反対側ではたけるが私にしがみついている。
みつきのしがみつき方はまさにぎゅーっという感じだ。
みつきが言った。
「風船よりママンがいいもん」
「な!?」
不意にわが子への愛着がよみがえり、傾いた天秤が地面と水平になった。
「じゃあねなっぴぃ!」
二人のわが子が男に手を振る。
「をお!んじゃねーん!」
“なっぴぃ”と呼ばれた男も、わが子に手を振り返しついでにウインクをする。
ウインクをするときは私の方を見た気がした。
なっぴぃ。変質者。私はこの子たちをあの人から守らなくちゃ。
母親面した自分がちょっとおかしかった。
*
「よくわかりましたね。みつき君がお母さんの愛情に飢えているって。それから風船はお母さんの身代わりだってことも」
竹内先生が言う。
「うーーーーん。なんかっすね。風船を抱きしめているときなんだが、あれは風船への愛ではないな~って思ったのよな。ワイのパンティへの愛を考えればさ、パンティが破れたら、ワイは号泣して一人ずつちゃんとおはかをつくる。わかるよねもちろん?なのにみっつんは破れた風船はそのままなんだもん。」
なっぴぃは口を膨らます。
「なんだ。そんなことですか」
「He?」
なっぴぃは口の息をぷはあと吐き出す。
「何でもないです」
「そーかいそーかい。まあ、何かが偏って好きとか、基本的には悪いことやないからな。好きっていいことやけん。ワイは自信を持って言える。パンティが好き!ついでにこのお菓子も!」
どこから出してきたのか、なっぴぃはカレー粉にピーナッツバターがたっぷり塗られた異物を口の中に放り込んだ。