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その夜、セランはバルコニーに出て月を見上げていた。
キッカのことや、先日の人攫いのこと、初めてのウァテルのことを話したのは楽しかった。なんだかんだ言いながらシュクルも話に参加し、久し振りにもやもやしない時間を過ごしていたのだが。
「……あ」
月を背に、大きな鷹が舞い降りてくる。
セランのつがいであり、悩みの原因でもあるキッカだった。
「ただいま」
「おかえり。今日も遅かったね」
「まぁなー」
鷹の姿が瞬く間に人間の姿へと変わる。
「今日さ、シュシュたちとなに話したんだ?」
ティアリーゼたちを呼んだことはキッカも知っている。
というより、キッカを介してティアリーゼを――そう、あくまでシュクルはおまけなのである――招いた。
「なにって……キッカのこと?」
「俺? なんで? なんかしたか?」
「なんにもしないのが問題なの」
「どういうことだよ?」
「私たち、つがいになったんだよね?」
「俺はそうだと思ってるけど、違うのか?」
不思議そうに返され、少しだけ安心する。
セランが一方的にキッカを想っているわけではなく、あのとき気持ちを伝え合ったようにお互い、相手を想っているのがわかったからだ。
「違うのかなって思ったから、不安だったの。だからティアリーゼに先輩として相談してもらったんだよ」
「ふーん? よくわかんねぇけど、俺、しばらく身体空かねぇぞ」
「毎日、なにをしてるの?」
これまではなんとなく聞けずにいたのに、今日ティアリーゼに元気をもらったからか、するする言葉が出てくる。
「仕事。水不足を解決するのが、お前の目的のひとつだったろ」
「確かにそう言ってたけど……」
「お前は魔王になれねぇからさ。俺が叶えなきゃだめじゃん」
「だから最近、ずっと忙しそうにしてたの……?」
「他に理由あるか?」
からっとした返答だった。
そのせいで、セランは拍子抜けしてしまう。
「なんだ……」
「うん?」
「私、心配してたんだ。自分が思ってるように、キッカは私を好きだと思ってくれていないのかもって」
「なんで? 嫌いなんて言ってねぇだろ?」
(キッカってこういう人なんだなぁ)
しみじみ実感し、少しだけ笑う。
「ううん、私が勝手に勘違いしていただけ」
よく喋る割に肝心なことを言わないのはセランも同じ。こんな風に聞いてしまえば、あっという間に解決してしまうのだと知る。
「あのね、今日……ティアリーゼに言われたの。私はキッカになにをしてほしいのかって」
「うん」
「それは思いつかなかったんだけど、キッカは私にしてほしいこと、ある?」
「えー? んー……そうだなぁ……」
考えた様子を見せたのは本当にわずかな時間だった。
「こうやって、出迎えてくれたらそれでいいよ」
「じゃあ、明日からも待ってる。キッカにおかえりって言ってあげるね」
「おー」
不安が溶けてなくなっていく。
たった数分で解決するようなことをどうして何日も悩んでいたのか、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「私、キッカのことが好きだよ」
「そりゃあどうも」
「キッカは?」
「お前、言わせたがりだよなー……」
顔が見えないのに、照れているのだとわかる。
なんだか無性にいとおしくなって、その身体に飛び付いた。




