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 ごおっとすさまじい風が吹き抜ける。

 その場にいた人々は、セランも含めて皆、目を開けていられなくなった。


(今、の……)


 空から急降下した鷹が、競りに参加していた人々へ突っ込む。

 会場は阿鼻叫喚の騒ぎだった。

 その翼から生み出される風に吹き飛ばされる人、鋭いくちばしにつつかれかけ慌てて逃げる人、蹴爪に掻かれて怪我をする者が目に入る。

 もう競りどころではなく、人攫いの男たちも客も皆逃げまどった。

 ただ、不思議なことに鷹は最も目立つ位置にいるセランには目もくれない。そう気付いているのは当の本人であるセランだけだった。

 舞台の上が安全などとは思いもせず、あんなにいた人々が散り散りになる。

 やがて散々暴れ回った鷹は、唯一無事であるセランのもとへやってきた。

 金に近いが、少しだけ色の違う、琥珀の瞳。鷹の名にふさわしく鋭いのに、セランを見る光は優しい。

 人よりも巨大な鷹など見たことがなかった。翼を広げればもっと大きく見えるのだろう。

 すり、と鷹がセランにくちばしを寄せる。

 その仕草に、胸がいっぱいになった。


「……キッカ」


 思わず、抱き締めていた。

 腕の中の羽毛から、苦い声が響く。


「……なんでわかるんだよ」

「あ、本当にそうなんだ」

「おい」


 しばらく聞いていなかった声はあまりにも懐かしかった。


「キッカだったらいいなって。……ううん、違うかな。助けに来てくれたからキッカだと思った、の方が近い?」

「なんでそれだけで俺だって」

「いつも助けてくれたでしょ」


 ぎゅう、ともっと強く抱き締める。

 泣きたくなって顔を埋めた。


「怖かったの。ずっと怖かったの……」

「……もう大丈夫だからな」


 キッカがくちばしを擦り付けてくる。

 かと思ったら、頭を下げた。


「いつまでものんびりしてられねぇだろ。帰るぞ、乗れ」

「乗るって……キッカに?」

「俺が他人を乗せてやるなんて、すげぇことなんだからな。ありがたく思えよ」

「ふふふ、うん」


 ちょっぴり自信家な言い方はやはりキッカのものだった。

 それがなんだかとても嬉しい気がして、言われた通りによじ登る。


「意外とふかふかなんだね……?」

「今はあんまり触り心地よくねぇだろ。暴れた後だからな」

「あ……怪我してない? 大丈夫?」

「してねぇよ。……俺が怪我したら、お前、心配するだろ」


 付け加えられた言葉は照れているように聞こえた。


「それじゃ、飛ばすぞ。ちゃんと掴まってろよ」

「うん」


 キッカが翼を広げる。

 鳥の背に乗せてもらったことは何度もあるのに、今回はやけに特別に感じられた。

 身体の下で動く生き物の力強さに安心する。


「……キッカ」

「んあ?」

「助けに来てくれてありがとうね」

「……俺が行かなきゃ、誰が行くんだ」


 うん、と言ったつもりが声にならない。

 セランはキッカの背に顔を埋め、独特の獣臭さを胸に吸い込んだ。

 ひゅっと鷹が地面を蹴る。

 一拍の後、その身体は大空へ舞い上がった。

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