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 攫われてきたときのように馬車に乗せられ、運ばれる。

 どこの街で祭が行われるのかは知らないが、たとえ見世物になろうと弱さは絶対に見せないと誓った。

 ほどなくして馬車が止まり、また外に連れ出される。

 その瞬間、太陽の眩しさに軽く顔を覆った。

 昼も夜もよくわからない生活だったせいで、こんなにも外の空気がかぐわしく、すがすがしいものだと初めて知った気になる。

 セランを運んだ男は、これまでの失礼な男たちとは違っていた。

 おそらく彼らよりも地位が高いのだろう。粗野な言動はなく、本当に淡々と商品として扱われる。

 わあっとそう遠くない場所で人々の声が響き渡った。

 競りが行われている――そう確信する。


(私だけでよかったのかも)


 共にいた女たちが同じ目に遭わなくてよかったと心から思う。

 あまり、人が泣くところを見るのは好きではなかった。こんな状況になれば、きっと皆打ちひしがれて頬を濡らしていたことだろう。


「おい」


 男に声をかけられ、顔を上げる。


「なに?」

「次はお前の番だ。舞台に上がったら芸を披露しろ」

「芸? そんなの急に言われてもなにもないよ」

「適当に興味を惹けばそれでいい」


 無骨な男はそう言うとセランにぐっと顔を寄せた。


「いいか。これはお前のためでもあるんだ。金のある奴なら、大金を払った奴隷をそう簡単に潰さない。だが、大して金のない奴はすぐに使い潰す」

「逆じゃないんだ。お金があるからいくらでも次がいるって考え方なのかと思った」

「長生きしたいなら、金持ちに買われることだな」

「覚えておく」


 心臓が緊張のせいで激しく高鳴っていた。

 この後どうなるのか、セラン自身にもわからない。


(こうなったら、私の事情を理解して手放してくれるようなご主人様のもとに買われるしかない)


 そんな優しい人間が人など買うか、というのはともかく、現時点で他の方法が思いつかない。


(あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろうな)


 なにもかも突き抜けて、笑えてきてしまう。

 婚約破棄され、砂漠に逃げ出した。そこで助けられて魔王を目指してやろうと思った。もし魔王になったらなにをするかまで考えていたのに、なぜか今、自分はこんなところで売られそうになっている。


「出ろ」


 男に言われて足を踏み出した。

 舞台に上がろうとするセランに、好奇の眼差しがまとわりつく。


(全員、目が潰れちゃえばいいのに)


 物騒なことを考えながら、ついにセランは舞台の中心に立った。

 数えきれないくらいの人間がぎらついた目で自分を見ている。

 心ない言葉や、聞くに堪えない下品な野次が耳に入ってきたが、今は遮断した。


(芸なんてない。私にできることなんて)


 すう、と息を吸う。

 ――曾祖母が教えてくれた特別な歌。

 それしかセランに用意できるものはない。


(おばあさま。私がいい人に買われるよう、祈っててね)


 そうしてセランは歌いだした。


 甘い響きが空いっぱいに広がっていく。

 旋律が好きで教えてもらったその歌は、人間には真似しづらい特殊な歌い方でなければ音にならなかった。

 鳥の亜人である曾祖母がときどき歌っていた寂しくも優しい音色。セランがねだったから教えてくれたその歌には、意味があるという。

 喉を震わせ、舌の奥から音を引っ張り出す。

 高く細く、空の向こう、太陽に届くように。


(ここにいるよ)


 気付けば、セランの心は砂漠の空を飛んでいた。


(私、ここにいるの)


 あんなに騒がしかった競りの会場は、今や針を落としても音が聞こえるほど静まり返っていた。

 皆、セランの歌に聞き惚れる。

 歌詞のない音だけの歌。かすれた、鳥の鳴き声のようなその歌に。


(――空を飛べるあなたなら見つけてくれるでしょ?)


 ただ一人のことを想って、空に両手を広げる。


(来て、キッカ。私はここにいるよ)


 歌声が天高く蒼穹を割った、そのとき。

 ――巨大な鷹の影が、太陽を遮った。

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