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それから、セランは少しおとなしくなった。
奴らの思い通りになるのは癪だったが、どうせあがいてもどうしようもない。
足には鎖が、そして昼夜問わず見張りが付いている。
最後の商品を逃がす気がないのは明らかだった。
(せめてミウが伝言を届けてくれたらいい。……大丈夫、まだきっと逃げられる機会がある)
何度も何度も自分に言い聞かせ、気を張り続ける。
こういうときは休まなければならない――と皆に言い聞かせ続けたことは、すっかり頭から抜け落ちていた。
あれは同じ境遇の仲間がいたから言えたことであり、たった一人になった今、諭してくれる人もおらず、ただひたすら目の前の絶望と向き合うしかできなかった。
よく眠れず、食事もほとんど喉も通らず、セランの精神はむしばまれていく。
(大丈夫、大丈夫……)
そう言ってどれだけ時間が経ったのかさえもうわからない。
ただ、着実に祭の日は近付いていた。
浅い眠りに包まれてぼんやりしていたセランは、見知らぬ女が自分の足枷を引くことに気が付いた。
「あなた、誰……?」
「…………」
返事はなく、ただ部屋の外へ出るよう促される。
(助けに来てくれたようには見えないな……)
ずる、と足を引いてその後についていく。
やがて辿り着いたのは簡素な浴場だった。
「なに……?」
「あなたの身なりを整えるよう、言われています」
「……どうして?」
「今日が競りの日だからでしょうね」
(競り……)
いつの間にか祭の当日だったらしい。
女はぼんやりするセランの服に手をかけた。
「どうして、あなたはこんなことを……」
「……男たちだけでは女の世話なんてできないでしょう」
「あなたも人攫いなの?」
「私の仕事は商品を磨くことだけです」
脱がされたセランは湯の中に入れられた。
香りのいい泡で肌を擦られ、顔をしかめる。
(ひりひりする……)
ひどい扱いをされて過ごす間、あちこちに細かい傷を負ってしまったのだろう。特に痛いのは枷をされていた足首だった。
「まあ……あの男たちにされるよりよかったのかな……」
「…………」
セランの独り言に、女は沈黙を返す。
あまり頭のよくない男たちのことだから、こうして磨き上げる際は女でないと商品に手を出してしまうのだろう。
この女が男たちのなんなのかはともかく、悪人は必ずしも男だけではないのだと学ばされる。
「あなたは逃げたくならないの?」
「…………」
「こんなところで、かわいそう。閉じ込められてるのと変わらないね」
嫌味半分、本気半分で言う。
その仕返しなのか、肌を擦る力が強くなった。
痛いとは一言も漏らさず、歯を食いしばって屈辱的な時間を耐える。
やがて隅から隅まで洗われ、髪に香油まで垂らされたセランは、この場にはふさわしくない豪奢な衣装を渡された。
今となっては懐かしい、ナ・ズの舞手の衣装である。
「どこで手に入れたの、こんなの」
「私ではどう着替えさせるか、方法がわかりません。なので、ご自分で着付けてください」
「そんなに難しくないけどね」
当然、セランはそれの着方を知っていた。
肌が透けるほどの薄布に、じゃらじゃらと石の付いた袖飾り。少し厚めの布は腰に巻く。舞いながらひらひら揺らすことで、より華やかに見せるのが目的だとサリサが教えてくれた。
腕も腹も足の剥き出しにしながら、顔の下半分は布で覆う。
表情に頼るのではなく、動きだけで楽しませるのが砂漠の舞だった。
髪には袖飾りと同じ色の石がはめこまれた装飾品を挿す。奇しくもその飾りたちはセランの瞳と同じ色の緑柱石でできていた。
「こんな格好したの初めて。せいぜい、高く買ってもらわないとね」
領巾を腕に巻きつけながら、強がって言う。
着飾ったセランは非常に美しかった。
少しきつめの目元しか見えないからこそ、どんな女なのか――と秘密を探らずにはいられない、そんな独特の魅力を醸し出している。若干、憂いを秘めた光を帯びているのもまた妖艶さを感じさせた。
子供から大人になりかけている途中の身体も、その未成熟さが花のつぼみのようでつい息を呑む。これがあでやかに開いたとき、どんな花となるのか。誰もがそんな考えを抱くことだろう。
ここまでセランの側にいた女も、その変身ぶりを見て目を見張っていた。
しかし、セランにはどうでもいいことである。
「……ああ、忘れてた」
脱ぎ捨てた服の中から、大切なお守りを取り出す。
「これ、なんとかして身に着けられるようにできない?」
「……少し待ってください」
女は金色の羽根を受け取ると、しばらく手元でなにやら動かしていた。
しばらく経って、細紐に結ばれた首飾りが完成する。
舞姫にはふさわしくない飾りだったが、そんなことを気にしてやる必要などない。セランは受け取った首飾りをかけ、改めて前を向いた。
「自分がいくらになるのか楽しみ」
堂々としたその姿に、女が目を伏せる。
セランの足に先ほどとは違う金の鎖を繋ぎ、来た道とは違う廊下へ導いた。




