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「……ねえ、いいの? もう少しであの子と夫婦になるのに」
「だから今、君とここにいるんじゃないか」
(この声……サリサとラシード?)
嫌な予感がしたのは、やはりセランも女だからかもしれない。
今、ここで姿を見せてはいけないと本能的に察した。
身を縮こまらせ、岩場にすっぽりと隠れる。
そんなことも知らず、二人の声は近付いてきた。
「なんだかセランに悪いわ。……未来の旦那様と、こんなことをしているなんて」
「今更なにを言ってるんだい。本当に悪いなんて思ってないくせに」
「それは……ふふ、仕方がないじゃない。悪い子じゃないけど、あなたを横から奪っていくと思わなかったんだもの」
「僕たちのことを知ったら驚くだろうね。……婚約の話が出るずっと前から、こんな関係だったなんて」
(……そうだったの?)
セランは今この瞬間までまったく二人のことに気付かなかった。
自分が邪魔者でしかなかったことも。
そして――。
「あんな甘えた子、いなければよかったのに」
(サリサ……)
そんなに、自分が嫌われていたとも知らなかった。
衝撃のせいか、自然と呼吸が乱れる。
は、は、と息を漏らしながら、二人には聞こえないよう手で口を押さえた。
「そういえばあなた、あの子に手を出そうとしたんですってね?」
「もしかして本人から聞いたのかい? でも誤解だよ。夫婦としてするべきことをさっさと終わらせようと思っただけさ」
「あら、本当かしら? 女の子なら誰でもいいんじゃなくて?」
「まさか。君じゃないと」
「ふふ、セランがかわいそう。やっと女として求められていると思えたでしょうに」
「ははは、僕は義務だと思っていたけどね。だってあんな魅力のない女、キスのひとつもする気にならない」
(だったら人の睡眠を邪魔しに来ないでよ)
むっとしながら心の中で言い返す。
攻撃的な気持ちになっていたのは、二人によるひどい裏切りのせい。
「結婚したらこんな時間もゆっくり取れないんでしょう? ……だから、ねえ」
「どうせなら違う場所で君を愛したかったよ」
「ふうん、セランをかわいがってあげた場所かしら?」
「かわいがる? 僕がかわいいと思っているのは君だけだよ」
「――ああ、そう!」
心の中で言ったつもりの言葉は、なぜか口を突いて出てきてしまっていた。
隠れていた岩場から飛び出すと、その勢いのまま二人を睨む。
――睨もうとした、という方が正しいか。
「そういう関係なら、最初から教えてくれればいいじゃない! 結婚したくないなって悩んでたのが馬鹿みたい!」
「あ、いや、これは……」
「私だってあなたみたいな人にキスされたくないから! こっちも願い下げですー!」
目の前が涙の膜で歪む。
泣きそうになって声が震えた。
だが、二人の前で泣き顔は見せたくない。
「幸せになりたいなら私を巻き込まないでよ! 私には私の人生があるの!」