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なにも現実を変えられないまま、日々が過ぎていった。
あれ以来ラシードには会っていないが、サリサとは改めて仲直りすることができた。
それだけでも救われた気持ちになっていたセランのもとに、婚礼の日取りを早めるという連絡が入る。
「……まぁ、しょうがないね」
ラシードの父親である、タタン族の族長が亜人と交戦し、怪我をしたとのことだった。そう傷は深くないようだが、万が一のことを考えて早くアズィム族との繋がりを深めておこうということだろう。
(頑張ってラシードを受け入れられるようにしなきゃ)
前向きに考え、その日に備えてするべきことをこなす。
そうしてついに当日がやってきた。
セランは自分の天幕で婚礼衣装に着替え、ぶつぶつと祝詞を呟いていた。
「太陽の名のもとにアズィム族の娘、セラン・アズィムはタタン族の息子、ラシード・タタンと……。……あれ、なにか忘れてる気がする。なんだっけ……」
本番で間違ってしまってはどうしようもない。
二つの部族が一つになる重要な場ということもあり、この婚礼はかなり注目されている。失敗しては大恥になること間違いなしだった。
「ええと、ええと……」
考えれば考えるほど、どんな言葉だったのかが抜け落ちていく。
既に他の準備が終わっていることだけが救いだった。
あとはセランがきちんと祝詞を覚え、婚礼の瞬間を迎えるばかり。
花嫁を呼びに来るまではもう少し時間がかかるだろう――と考え、セランは立ち上がった。
(ちょっとだけ! ちょっとだけ最後におばあさまと挨拶する!)
落ち着きのないセランが、残りの時間を祝詞に費やせるはずもなく。
現実逃避するように天幕を飛び出し、オアシスへ駆けていった。
今日もオアシスは静かだった。
いつもの岩場の陰に座り、大切なものを忘れていたことに気付く。
(危なかったぁ……)
宝物の羽根を隠し場所から取り出し、懐にしまう。
これは、セランを安心させ、守ってくれるものだった。
手にしたときからずいぶん経つのに、今も金色の輝きは色褪せない。
美しい色ではあったが、逆にセランにはそれが残念だった。
こうまで色が変わらないとなると、本物であるはずがないからだ。
恐らく、ちょうどいい大きさの羽根を染色したものだろう。そして、セランの知らない技術で色が落ちないように加工してあるのだ。そもそも金の羽根などという目立つ色を持った生き物が存在するはずがない。
(……あ、そうだ。これでサリサに羽根飾りを作ってもらえばよかった。そうしたら、いつも手元に置いておけるのに)
羽根飾りとは、アズィム族の娘たちが好んで身につける装飾品だった。羽根や木のビーズ、乾燥させた木の実や獣の骨を使って作るのだが、かなりいい感性を持っていないと、なんだかよくわからない呪術道具のようになってしまう。
セランはもちろん呪術道具作りの天才だったが、親友のサリサは違った。同じ材料から驚くほど美しい装飾品を仕上げるのである。
きっと事前に言っておけば、セランのお守りも素晴らしい装飾品に変えてくれただろう。
婚礼当日になってから気付いたことをこっそり悔やむ。
(でも、まだ時間はあるし。今からでももしかしたら間に合うんじゃ……?)
そんな期待を胸に、立ち上がろうとする。
それとほぼ同時に、ここで聞こえるはずのない声が聞こえてきた。