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 ――あの夜、毛布にくるまって外へ出たセランは集落から少し離れたオアシスへ行こうとした。

 その途中、見知らぬ人と出会ったのである。


「今夜は危ねぇから、外出ない方がいいぞ」

「なんであぶないの?」

「んー、お前みたいな女の子を攫う悪い奴がいるらしくてな」

「なんで?」

「お前、なんでしか言わねぇのなー」


 その人を見上げようとしたセランは、撫でられて目を閉じた。


「帰んな。いいもんやるから」

「なに?」


 そっと握らされたのは――金色の羽根。


「お守りだ。大事にしろよ」

「わかったー」


 もうセランは眠れないことなどどうでもよかったし、この見たことのない男のこともどうでもよかった。月の光できらきら光る金色の羽根に夢中でだったからである。

 さっさと自分の天幕に戻ったセランは、新しいお宝を思う存分眺めた。

 誰かに取られないようにしなければ。でも見せて回りたい。

 そんなことを考えている間に、いつの間にかぐっすり寝こけていた。

 そして朝起きて知ったのだ。

 最近、アズィム族では集団による人攫いが問題になっていたことを。そして、昨夜その集団がすぐ近くまで来ており――急に消えてしまったことを。

 五歳のセランの耳には届かなかったが、その日、他の部族の女子供を攫っては有力者に売る一族が滅ぼされた。最後にいたと思われる場所には争った形跡があり、荷物の残骸が無残に散らばっていたという。

 彼らが最後に襲ったのは、オアシスで羽を休めていた鳥の少女だったとか――。


(あのひと、わたしをたすけてくれたんだ)


 幼いセランは金色の羽根を見ながら感動した。

 そしてあの男が言った通り、大切なお守りとして今も持ち続けている――。


 ――がたん、と大きく荷馬車が揺れた。

 過去に意識を向けていたセランは、ふっと現実に戻される。

 ここはセランが寝床にしていた天幕でも、アズィム族の集落でもない。もちろんナ・ズの魔王の城でもない。


(……どうしようかな)


 このままだとセランは何者かに売られてしまうだろう。

 そうなれば、再びナ・ズに戻れるか怪しい。


(今、何時なんだろう。カフは私がいないことに気付いた? 心配させちゃってる……?)


 せっかく仲良くなれたのに、と悲しい気持ちになった。

 もう二度と会えない可能性もあるのを考え、唇を噛む。


(……どこに運ばれるのかも、なにをされるのかも全然わからない。でも、私には……)


 服の内側に硬い感触。肌身離さず持っていたティアリーゼの短剣。


(私に魔王を倒すほどの腕はない。……だけど戦えないわけじゃない)


 過信しすぎるなと身をもって教えてくれたのがカフだった。

 セランはもう自分の弱さに驚かないし、うろたえない。


(必ず帰るの)


 まだ話したい人がいる。聞きたいことのある人がいる。

 セランはまだ、なにも自分のしたいことができていない。

 その思いが、同じく攫われた人々のようにセランを絶望させなかった。


(絶対、帰る)


 もう一度心の中で誓い、立てた膝に自分の顔を埋める。

 すすり泣きはいつまでも暗闇に響き続けた。

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