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 がたごと、と揺れる音がした。

 その揺れのせいで頭をぶつけたセランは、ようやく意識を取り戻す。


(……どこ、ここ)


 辺りは暗い。そしてセランと同じように身体を縮こまらせた影が複数。

 すぐに声を上げるようなことはしなかった。

 それでどうにかなる状況ではないとすぐに理解したからだ。

 口は塞がれていないが、両手首は縛られている。おそらくは周りにいる人々もそうだろう。

 がた、と再び揺れた。

 息を殺しながら、改めて自分の状況を整理する。


(誰かに襲われたのは確かだよね。それで……たぶん、どこかに運ばれてる)


 セランがいるのは、荷物を運ぶ馬車の中だろう。

 そして周りにいるのは。


「……っ、ひっく……うっ……」

「お母さん……お母さん……」


(……女の人ばっかり)


 すすり泣きは一人二人のものではなかった。

 見る限り、亜人の姿はない。


(……うーんと)


 こういった状況から見るに、考えられるのはひとつ。

 セランは人攫いに捕まってしまったのだ。


「おい、さっきからうるせぇぞ!」


 外から怒鳴り声が響く。

 びくっとセランの隣ですすり泣いていた女性が震えた。

 見ているだけでも痛ましい。セランは自分よりも幼く見えたその少女にそっと話しかける。


「大丈夫?」

「う……」


 怯えた目で見つめ返される。

 抱き締めてあげたくとも、今、セランの腕は自由を奪われていた。


「泣かないで……」


 セランにできるのはそう声をかけることだけだった。

 ごとごとと揺られながら目を閉じる。

 以前、アズィム族でも人攫いのことで騒ぎになったのを思い出していた。


(あのときも私、眠れないから外を歩いてた。あれは……五歳くらいのときだっけ)


 長の娘とはいえ、セランの扱いはそういいものではなかった。

 眠るときは一人ぼっちで、側にいてくれる人などいない。乳母はセラン以外の子供のもとにおり、母親はもちろん父もそれぞれ好きなように夜を過ごしている。

 本来、五歳という年齢で天幕を独り占めできるのは破格の待遇だった。だが、セランはそれを嬉しいと思ったことがない。

 眠れない日でもたった一人でいなければならず、一度父親の天幕に行ったときは叱られたものだった。父にしなだれかかる複数の女性たちの姿は今も忘れられない。

 だからセランは一人で月を見に行ったのだ。そうすれば眠れると信じて。


(……ああ、そういえば)


 これまで思い出しもしなかった夜のことが次々に浮かんでくる――。

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