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ときおり、水を奪いにやってくる者がいるオアシスも、今日は空気を読んでいるのか静かだった。
そのことに安心しながら、お気に入りの岩場の陰に座り込む。
ここで曾祖母と並んで話をするのが大好きだった。
(亜人だったおばあさま。若い頃はナ・ズの端から端まで飛んだことがあるって言ってたけど、あれは本当のことだったのかな……)
ひとりぼっちのセランを気にかけてくれたのは、母方の曾祖母。
温和な曾祖母は、人間と交わった鳥の亜人だった。
獣の特徴を持った人ならざる者の存在は、ときに心ない人々の嘲りの対象となったが、そのたびにセランは陰口を叩いた人間を黙らせに行った。
そのぐらい、飛ぶことのできなくなった曾祖母が好きだった。
(歌……今も歌えるかな)
ずいぶん昔に教えてもらった歌詞のない歌を口ずさんでみた。
喉の奥を震わせ、音にならない音を風に乗せる。曾祖母に言われた通りにすると、ぴるる、と鳥の鳴き声に似た音が出るのが面白かった。
今も曾祖母ほど上手くはないにしても、きちんと音が出る。
それをいいことに、セランはかつて教えてもらった歌を歌いだした。
遠い空へ、曾祖母の行ってしまった天上へ届くよう、喉奥に力を込める。
そうしていると少しだけ切なさが増した。
(おばあさまに会いたいな……)
岩場の陰に隠していたお守りを取り出す。
金色の羽根はいつだってセランの心を癒してくれた。
これを見知らぬ人にもらったのは、ようやく一人で歩き回ることを許された程度の歳。
あれから十年以上経った今も、大切に取っておいてある。
曾祖母が鳥だと聞いていたから、羽根を特別なものに感じているというのはあった。
(誰でもいいから、結婚なんてやめちゃえって言ってほしい。好きに生きていいんだよって言ってくれたら、それで……)
セランは抜けるように青い空を見上げる。
(もし私にも翼があったら、ここから飛んで逃げちゃうのにな)
残念ながら、曾祖母と血が繋がっていてもセラン自身は亜人ではない。
祖母は混血でその素養を残していたようだが、さすがにセランまで来ると血が薄まってしまった。
残っているのは、すばしっこさくらいだろうか。
それも、人間の中では多少、という程度で大した特徴になっていない。
(翼があったら……)
ぴるる、とセランは喉を鳴らす。
どんなに焦がれても、空はセランのものにならなかった。
その夜、セランは警戒しながら毛布をかぶっていた。
相変らず気温は低いが、風はそれほどでもない。
昨夜よりも天幕へ訪れやすい気候だったが、幸い、いつまで経ってもラシードは姿を見せなかった。
(夫婦になったら毎晩一緒に眠るんだよね。全然想像つかないな)
このまま夜が明けなければいいとさえ考える。
そうすれば意に沿わぬ結婚をすることもなく生きていられるだろう。
(……だけど、それはそれでなにも生まれない。私はどうしたいんだろう? もし結婚しなかったら、どんな生き方をする……?)
思いがけず楽しいことを思いついてしまい、あれこれと考えを巡らせる。
新しい水源を探し出す旅人、ときどきアズィム族の集落に来ては見たことのない食料や絹織物を広げる商人。食料を集める狩人も悪くない。ただ、亜人を狩ってその角や爪を売りさばく”翼狩り”にはなりたくなかった。
曾祖母は翼狩りの連中に襲われ、風切り羽根を奪われてしまった。そうして飛べなくなっていたところを曽祖父に救われたおかげで結ばれたわけだが。
とろとろと眠りの波が襲ってくる。
いくつも思いつくのに、そのどれもセランには叶えられない。
その現実を忘れるように、セランはいろんな職業を経験する夢を見た。