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 じゃれ合っていた二人の動きが止まった。


「なにが」

「俺、あいつのこと気に入ってる」

「セランのこと……?」


 夫婦二人が再び顔を見合わせる。

 キッカはそんな二人に向かって頷いた。


「あんまり……深く考えてなかったけどさ。俺、セランにそれやったことある」


 キッカの言うそれとは、求愛行動のことだった。

 しかし、鳥であるキッカはそうでないシュクルとやり方が違う。


「今まで、何回かな。くちばし、擦り付けたんだわ」


 それがキッカの求愛行動だった。

 愛しているというよりは、気に入った相手にする親愛を示すものだが、セランを嫌っているのではないという確たる証拠になる。


「自分でもあのときよくわかってなかったんだよ。ただ、そうしたいと思って」

「以前、私にもしてくれましたよね」

「そうだっけか」

「した。私は永遠に忘れない」


 しゅうしゅうという空気の漏れたような音は、シュクルの喉から発せられた。


「お前は私のティアリーゼに触れた」

「シュクル、だめ」


 ティアリーゼが唸るシュクルの頬をきゅっとつまむ。

 この夫婦の力関係が見えた気がした。


「違うんだよ。……そいつにしたときとは、たぶん違う」


 あれは親愛を示す行動である。――だが、求愛行動でもあるのだ。


「もっと、ここがざわざわする。安心するんだ。あいつに触ると」

「ふむ」


 シュクルはもっともらしく頷くと、ティアリーゼの手をどけて微かに笑った。


「クゥクゥも恋を知ったということだな」

「なんでお前、得意げなんだよ。俺より先につがいになったからって調子乗りやがって」

「この点に関しては私の方がクゥクゥより大人だ」

「うっせ」


 負け惜しみのように言っても、シュクルは機嫌よく尾を振るだけだった。


「おめでとうと言うべきか」

「……やっぱりそうなのか? 俺、ほんとに? 相手は人間だぜ?」

「関係ない」


 しゅう、とまたシュクルが鳴く。

 そして、傍らのティアリーゼを抱き寄せ、そのこめかみに自身の額を押し付けた。


「共に生きたいと思えば、もう離れられない。相手が人間であろうとなかろうと、変わらないと私は思う」

「お前に教えられる日が来るなんてなー……。なんか変な感じ」

「あの人間が欲しいなら、子を産んでもらえばいい。願えば聞いてくれる。ティアリーゼのように」

「……シュクル、その話は後にしなさい」


 また頬を引っ張られたシュクルが顔をしかめた。

 それまでしばらく黙って成り行きを見守っていたティアリーゼは、改めてキッカに向き直り、言う。


「セランを好きになったというなら、応援したいです。きっとセランもキッカさんを好きだと思いますから。もしそうでないのだとしても、よいお友達として二人はこれからもやっていけると思っています」


 ティアリーゼが、キッカの仮面の奥にある瞳を見据えた。


「どうなるにせよ、時間を大切に生きてください。私たち人間の一生はとても短いんです。失ってからでは……遅いでしょう」

「……そうだなー。うん、わかってるけど……」


 くくく、と笑い声でもないのに木を叩くような音がした。

 キッカが喉奥で鳴らした声である。


「やっぱり、あいつ全然俺の好みじゃねぇ……!」


 二人に相談しても、結局答えが出なかった。

 それどころか、余計に悩みが深まった気がしてならない。


「羽根もねぇし、くちばしもねぇんだぞ! これ、恋じゃねぇだろ? 違うだろ?」

「私からすれば、そうなんじゃないかなという気はしていますが……」

「私はわからない。ティアリーゼがいればそれでいい」

「お友達の相談なんだから、ちゃんと聞いてあげて」

「お前の声を聞く方が好きだ」

「……くぅ」


 また二人のまったりした空気が流れ、巻き込まれそうになったキッカは勢いよく椅子を立つ。


「とりあえず、話を聞いてくれてありがとな! けど、やっぱ変だし違うと思うわ!」

「帰るのか」

「これ以上邪魔したら怒るだろ?」

「お前のつがいを殺しに行く。悩んだクゥクゥが私の時間を消費しないように」

「やめなさい、シュクル」

「まだつがいじゃねぇっての」


 慣れた様子でキッカは己の手を翼に変える。


「人間をつがいに選ぶなんて、そんなのお前だけで充分だ……!」


 そんな言葉を残し、キッカは空高く舞い上がる。

 それを、残った二人はしばらく見守っていた。

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