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「なんだったんだ、あいつ」
飛び出したセランを呆然と見送り、キッカが呟く。
グウェンは涼しい顔をしたまま黙っていた。
「お前、なに話してたんだよ?」
「言うな、とのことだからな」
「……人間の言うこと聞いてやるなんて、お前らしくねぇじゃん」
「変わらず人間は一人残らず滅べばいいと思っているが、あの女は多少目をつぶってもいいかもしれない」
「なんか変なもんでも食った?」
冗談めかして言いながら、キッカは妙な焦燥感を覚えていた。
グウェンはとある事情から人間に対して強い感情を抱いている。
それこそ、人間が想像している『魔王』のように、大陸に生きる人々を全員殺しかねないのがグウェンという獣だった。
それが、セランに対してはどうもいつもと違う。
どこか楽しげで、普段は冷静な表情を浮かべる顔も若干緩んでいる。
「ほんとにどうしたんだよ?」
「そんなことを話しに来たわけではない。さっさと本題に入るぞ」
「……気になるだろ」
「くどいな」
微かにグウェンが眉を寄せる。
だが、不快そうではない。
「お前も白蜥と同じように、恋とやらをしたのか?」
「…………はぁ!?」
「金鷹、お前もあの人間も普通ではないとなぜわからない? 我々獣と人間は相容れない存在だ。だが、お前たちは……近付きすぎている」
「だからってなんでそれが恋だのどうのこうのって話になるんだよ!」
「白蜥のときとよく似ている。だから指摘したまでだ」
白蜥の魔王シュクルは、一人の人間に心を奪われ、自らのつがいとしてしまった。
もともとなにを考えているのかわからないぼんやりした獣であり、いろいろと生まれ育ちにも複雑なものがあったということで、なんとなく魔王たちは我関せずという立場を取っている。
だが、キッカは違う。卵を孵ったその瞬間から獣として生き、そして今、金鷹の魔王として西の大陸に君臨している。
人間と獣たちがどういう関係であるかも理解しており、獣としての本能もきちんと作用しているはずなのだが。
「シュシュと俺は違うだろー……」
他に言いようがなく、その場にしゃがみこむ。
仮面のせいで表情は見えないが、グウェンの発言に困っていることはわかった。
「いやー……人間はねぇよ、人間は……」
「本当にそう思うのなら捨て置けばいい。……だいたい、お前が『これ』を必要とするのも結果的には人間のためだろう」
ころんと音がして、テーブルの上に青い鉱石が放られる。
以前、グウェンが東の地からもたらした砂を水に変える石だった。
「違うっつの。俺は……俺の地で無益な争いをしてほしくねぇだけだ」
「人間の争いは醜いからな。それを目にしたくないという意味なら理解できるが、お前の言うそれは違う」
「変なこと言うなよ、ほんと。俺、恋とかそういうのしねぇから」
「……どうだか」
「やめろってー」
キッカが小麦色の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
どうも本気に捉えている口調ではなかったが、内心はかなり焦っていた。
セランは人間で、目的を奪えばまた砂漠で命を絶ちかねないから側に置いて生かしている。
決して、話していて楽しいからでも、なんとなく目が離せないからでもない。
心からそう思うと同時に、キッカは自身の危うさに気付いてもいた。
無意識にセランにくちばしを擦り付けたのがこれまでに何回あったか。
あれは――キッカたち鳥にとって、好意を示す行動である。
「……あいつに恋なんて、絶対絶対ありえねぇ」
ぽつりと言ったそれが、奇しくもセランも心の中で叫んだ言葉と同じだったことなど知るよしもなく。
キッカは気持ちを切り替えて、グウェンと向き合ったのだった。




