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 次の日の朝、食料を取りにきた部族の人間に起こされて目を覚ましたセランは、その足で親友のサリサのもとへ向かった。

 そして、昨日あったことを洗いざらいぶちまける。


「どう考えてもおかしいでしょ! 婚礼前なのに!」

「でもラシードはセランの婚約者でしょう?」


 柔らかいトーンがセランの耳をくすぐる。

 一つ年上のサリサはセランの友人であり、姉であり、よき相談相手だった。

 天幕の絨毯に転がりながら、セランはふんと鼻を鳴らす。


「婚約者だからって、やっていいことと悪いことがあるじゃない? 新婚初夜を待たずに夜を過ごそうなんてだめだと思う」

「セランは子供ねぇ」

「……サリサとはひとつしか違わないはずだけど」

「でも、子供よ。だってものを知っている大人なら、そこで受け入れるわ」

「えっ、どうして?」


 ぱっとセランは起き上がった。

 きちんとサリサの話を聞こうと、その場で背筋を伸ばす。


「だって向こうは族長の息子でしょう。夫婦になれるだけで名誉なことなんだから、求められたら応じるのが妻の役目じゃない」

「そんなのおかしいよ。私の意思はどこにあるの?」


 どうしても納得できず、むっとしたまま腕を組む。

 いつもは楽しく話しながら食べる水菓子も、今は口に入れようと思えなかった。


「結婚だってそう。みんなで勝手に私のことを決めて、いつの間にかどんどん話を決めるの。まるで私なんてそこにいないみたい。ちゃんとここにいるし、呼吸もしてるのに。私が物事を考えられるってこと、わかってないのかな」

「あなた、自分が恵まれていることをわかってないのよ」


 大抵、セランの言葉に同意してくれていたサリサがとげのある口調で言う。

 さすがにセランも自分の発言がうかつだったことに気付き、素直に頭を下げた。


「……ごめん、そうだね。いくらなんでも言いすぎだったよ。本当にごめんなさい」

「……族長の娘として、食料も水も好きなだけ手に入る生活なのよね。綺麗な装飾品も、衣服だって全部いくらでも。私がそうだったら、もっと好き放題生きるのに」

「意外と好き勝手できないよ。……本当に」

「贅沢な悩みね」

「……ごめん」


(喧嘩したかったわけじゃないんだけどな)


 失敗した、と唇を噛む。

 セランはただ、自分をないがしろにするこの環境に文句を言いたいだけだった。誰もがめでたい結婚だと言うから、サリサぐらいにしか本心を明かせないと思っていたのだが。


「……ちょっと変な空気になっちゃったね。昨日ちゃんと眠れなかったから、頭が回ってないのかも。嫌な気持ちにさせてごめんね、サリサ」

「いいのよ。……気にしないで」

「私、オアシスに行ってくる。頭を冷やした方がよさそうだし」

「刺繍は? あなた、自分の婚礼なのに終わらせないで当日を迎えるつもり?」

「後でまとめて頑張るよ。今は布より手を縫っちゃいそう」


(終わらなければ、婚礼の日も迎えなくて済むかも。なんてね)


 本当はそう軽口を言いたかったが、先ほどのこともあってやめておく。

 わざと明るく振舞いながらサリサの天幕を出ると、セランは中に聞こえないよう、大きく溜息を吐いた。


(……私は恵まれてる。ほんとにそう思うよ)


 確かにセランは族長の娘で、父の権力により不自由は少ない。

 だが、他にも多くの妾を抱える父には複数の娘たちがおり、セランのことなど顔と名前が一致するかさえ怪しかった。

 母も早くに亡くなっているため、セランの味方はサリサしかいない。

 ラシードも味方になってくれるかと期待していたが、昨夜の様子では厳しいだろう。


(……あーあ、おばあさまに会いたいな)


 数年前に天寿を全うした曾祖母のことを思う。

 二人でよくのんびりと過ごしたオアシスへ、今日も向かった。

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