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その後、セランはグウェンが到着したというのを聞きつけてすぐに向かった。
出掛けている最中のキッカが戻ってくるまで、大事なことを聞いてしまおうと思ったためだ。
「こんにちは、グウェン」
「……まだいたのか、人間」
嫌悪感を隠そうともしない、冷たい声。
しかし、セランはめげない。この程度、婚約者に逃げられたことに比べれば――しかも親友にまで裏切られていたことに比べれば、大した痛手ではない。
「そう、まだいるの。今日はあなたに聞きたいことがあってきたんだけど、キッカが来るまで付き合ってもらえる?」
「断る、と言ったところでお前はここにい続けるのだろう」
「……確かに今の質問はちょっと頭が悪かったかも。そうだね、断られても意味ないや」
グウェンはセランをちらりと見て、不快そうに眉を寄せる。
(答えてくれるだけ、親切なんだと思う)
キッカはグウェンにも事情があるのだと言っていた。
人間を嫌い、憎む理由があるのだ、と。
それを鑑みれば、こうして目を合わせ、会話してくれるだけで充分である。
「あのね、私……キッカの好きなものを知りたくて」
「なんのために?」
間髪入れずに質問を返される。
グウェンの瞳に宿る剣呑な光が鋭さを増していた。
「媚でも売ろうというのか。それとも、そうした手であれを害そうというのか。どういった理由にせよ、大したことではなさそうだな」
「失礼なことを言わないで。ただ、今までのお礼がしたくて、好きなものをあげたいと思っただけなの」
「礼?」
「うん、キッカにはたくさんよくしてもらったから。本人に聞いても、別にいいって言われそうだし、好きなものなんて特に思いつかないって言われそうだし……」
「そうわかっていて、わざわざ私のもとへ来たのか」
「だってあなた、キッカのお友達なんでしょ?」
グウェンが言葉に詰まる。
セランは知らなかったが、彼を知る者が見ればなにかあったのかと驚くくらい珍しい光景だった。
「今日来るのがあなたじゃなくて他の人ならそっちに聞いてたよ。でも、あなただったんだからあなたに聞くしかないじゃない?」
「人間が他者に恩義など感じるものか。その手に乗ると思ったら大間違いだぞ」
「とことん失礼な人だね。誰かに助けてもらったら、そのお返しをしたいと思うのは当然でしょ?」
グウェンの物言いにむっとしていたセランは、ついついいつものように止まらなくなってしまう。
「それともなに、あなたはそういう常識もない人なの? キッカの友達だからまともだと思ってたけど、私の思い違いだったってことだね」
「ふん、好きに言え。あれと友人になったつもりなどない」
「やめて」
はっきりと怒気を込めて言う。
グウェンが内心驚いたことも知らず、セランは続けた。
「私のことを気に入らないならそれで構わないけど、キッカを友達じゃないなんて言わないで。キッカはあなたを友達だと思ってるんだから」
今までのどの言葉を投げつけられたことよりも怒っていた。
あの気のいい男まで蔑むのはさすがに許せない。
そんなセランに思うところがあったのか、グウェンは軽く鼻を鳴らして目を伏せる。
「……そうだな。失言だった」
「……私の方こそ言いすぎてごめんなさい。失礼なのは私の方だったね」
セランもまた、素直に謝罪する。
それを、グウェンは物珍しそうに見つめた。
「お前は妙な人間だな」
「え?」
「私の知る人間は、もっと……。……いや、お前に話すようなことではないな」
「なに? そこまで言われたら気になるんだけど……」
「私の話よりも聞きたいことがあるのではなかったのか?」
「あ、うん。あなたの知ってるキッカのこと、教えて」
幾分、二人の間を流れる空気が和らいでいた。
セランは側の椅子に腰を下ろし、グウェンの話に耳を傾ける。




