13
その日の夜にはもう、セランは自分の考えをキッカに伝えていた。
「それでね、地下を調べられる亜人がいれば、どこにたくさんの水があるかわかると思うの。もしかしたら、ものすごく大きなオアシスができるかも。誰も水を奪い合わなくていいような、そんな場所が」
「お、おう。とりあえず落ち着け」
お喋りなキッカが一言も話せずにいたのは異例のことだった。
言いたいことを言い切ったセランは、満足げに胸を張る。
「どうかな?」
「話はよーくわかった。確かにお前の言う通りすごい話だよ。空から見てばっかの俺じゃ、絶対思いつかねぇことだ」
「水のある場所を探して、新しいオアシスを作って……って考えたら、きっと膨大な時間がかかると思う。でも、確実に未来のナ・ズのためになるんじゃないかな?」
「うん、計画的に着手していきたいな」
「ふふふ。私、この大陸を治める魔王っぽくなってきたでしょ」
「はいはい、そうだな」
呆れたように言ったキッカが、セランを椅子に座らせる。
それでも興奮はなかなか治まらない。
「私ね、あんなにたくさんの水、全然見たことなかった。アズィム族のオアシスも大きかったけど、あそこまでの勢いはなかったし」
「そんじゃお前、ウァテルに行ったら大騒ぎだな」
「南の大陸の?」
「そうそう」
五つの大陸に分かたれたこの世界には、水が満ち満ちた場所があると聞いていた。
それが南の大陸ウァテルである。
「水の大陸って言われてるのは知ってるけど、そこまですごいの?」
「おー。なんかな、海が塩辛い水で満ちてて、魚が獲り放題なんだ」
「魚……。そんな貴重品が獲り放題店…。でも待って、水に塩を混ぜてるの?」
「たぶん、そういう仕事をしてる奴がいるんだと思う」
「変なの……。そんなことしたら飲めないのにね」
「塩を混ぜねぇと、魚が生きられないらしい。だからじゃねぇかな?」
「そうなんだ……」
キッカの言う海は、もちろん見たことがなかった。
セランにとっての海とは見渡す限りの砂のことである。同じ呼び方をするということは、ウァテルで言う海も似たようなものなのだろう。
見渡す限りの水――と考え、そんな場所が夢の中以外に存在するのかと不思議に思った。
「いいなぁ、魚……」
「好きなのか?」
「だって、お祝いのときにしか食べられないご馳走だよ?」
セランがそれを口にした経験は二回だけだった。
三回目は自身の婚礼の祝いになるはずだったが、逃げ出したおかげで残念な結果に終わっている。
「そっか。商人がどこから持ってきてるものなのか知らなかったな。ウァテルからはるばる持ってきていたんだとしたら……ご馳走なのもわかるね」
少なくともセランの知る周りで野生の魚は見たことがなかった。
商人の持ち込む品は、遠方からのものであればあるほど高価である。セランは正式な魚の値段を知らないが、長の娘だった自分すら二回しか口にできていないのを考えると、どれだけ貴重で高価なものなのか想像は難しくない。
「俺、たまに獲りに行くけどな」
「い、いいな! 飛べるから? いつでも行けるってことなの!?」
「そこまで食いつくことかよ」
身を乗り出したセランを、再びキッカが座らせる。
「足は遅いけど、飛ぶのは速いし? 一晩かからずにウァテルまで行けるよ」
「私も行きたい……!」
「やだ」
「なんで!」
きらきらした目を交わし、キッカは肩をすくめた。
「運ぶの疲れるだろ。近い距離ってわけでもねぇのに」
「う……」
「俺もそんなに大きいわけじゃねぇしなー。途中で落としてもいいなら連れて行ってやる」
「そんなことしたら、怒るからね」
ふん、と顔を背ける。
楽しそうに言う辺り、キッカが意地悪のつもりであることは明白だった。
(ちょっとかっこいいかなーと思って損した!)
こんなことなら褒めなければよかったと思いながら、セランは笑っているキッカに詰め寄る。
「別にいいよ。キッカ以外の人と仲良くなって、いつか連れて行ってもらうんだから! あとからやっぱり連れて行ってあげるって言っても遅いからね!」
「言わねぇよーだ」
「もう!」
機嫌を損ねたセランを見て、またキッカはくくくと声を上げた。
しかし、仮面の裏側でふと真顔になる。
それにセランが気付くはずなどない。
意地悪をするキッカとはしばらく口を利かないでいようと子供らしい反撃に出ようとしたが、数秒後には黙っていられず、ウァテルの話をせがむことになった。




