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「私、まだなにも……」
「トルク族がかわいそうだって言うんだろ。でもな、俺はそこの部族がなにをしたか知ってる」
「え……」
「翼狩りの一族だ。……俺たちの仲間を殺して、飯を食ってる」
「そん、な……」
キッカがセランの手を握り返してくる。
激情を秘めているのが、その力の強さから伝わった。
「……人間は大変だよな。水が欲しくても、飛んでいけねぇ」
「……あなたの仲間にだって、飛べない人はいるでしょ?」
「ナ・ズに多いのは鳥の獣人なんだよ、セラン。逆に言えば、それ以外の奴らは理解した上でこの地にいるんだ」
「そう……なの……」
ぞく、となんとも言えない思いが胸の内にわき上がる。
(キッカにお願いすることは簡単だけど、それは……違うんだろうな)
砂漠では砂漠の生き方がある。人間も亜人も等しく変わらない。
しかし、考え方は違う。人間のセランがここで見知らぬ部族を哀れだと思っても、キッカはそう思わない。
ここに生きるのなら、弱ければ淘汰される現実を受け入れねばならない。そして、キッカ自身もその現実を胸にここで生きているのだ。
セランは考えなしに発言することもあるが、決して頭が悪いわけではなかった。
自分とキッカは違うのだと納得し、ひとつの部族が消えゆく事実を飲み込む。
「……人間にも翼があったらよかったのにね。私、前にもそんなことを思ったの」
「へえ? じゃ、今、もし自分に翼があったらどうする? 俺ぐらい立派なやつ」
「キッカの翼がどのくらい立派か知らないもの」
軽口を言える余裕はある。
そんな自分にほっとした。
「……どこにも飛んで行きたくないかな」
心からそう思い、告げる。
「まだキッカのこと、全部知ったわけじゃないし。もっとたくさん話したいことがあるの」
「……ふーん?」
「ほら、素顔も知らないじゃない?」
「絶対見せねぇからな。笑われたくねぇもん」
「笑わないよ? だからいつか見せてね」
「やだ」
「えー」
セランが笑うとキッカも笑った。
少しだけ、距離が近付く。
(……あ、まただ)
とくとくと自分の鼓動が聞こえていた。いつもよりずっと速い。
キッカの存在を、その熱を近くに感じるとこうなってしまう。
(やっぱりもやもやして気持ち悪い。……なのに嫌じゃないのって、変だよね)
もう少しだけ距離を縮める。
離れたところの男たちを見ていたキッカが、セランの方を向いた。
「どした」
「……ううん。どっちにしろ、翼があっても飛んで行けないなと思って」
「なんで?」
「だって、私……魔王になりたいもの」
「まだ言ってんのか、それ」
「うん。簡単に諦めたらもったいない気がして」
「もったいない?」
「魔王になりたいって言ったから、キッカと仲良くなれた気がする」
「……そうか?」
「シュクルとティアリーゼに会えたのもそうだよ。だから、私はこれからも自分のためにその目標を持っておきたいんだ」
「変な奴。……お前さ、なることばっか目的にしてるけど、実際そうなったらどうするんだよ?」
そう尋ねられ、セランは首を傾げた。
魔王になればラシードとサリサはぎゃふんと言ってくれるかもしれない。セランは蔑み、貶めていいような人間ではなかったのだと認めてくれるかもしれない。
だが、王とはそういうだけの目的でなるものではないだろう。
「……水、かな」
「うん?」
「水の問題を解決させたい。最終的には、ナ・ズから争いをなくすの」
「相変わらず考えることの規模がでかいんだよなー」
キッカが身じろぎした。
セランの頬にくちばしを押し当ててくる。
「けど、いいと思う。お前、魔王と気ぃ合うんじゃねぇかな」
「そう? いつもお城にいないような人だし、会ったら怒っちゃうかも。なにしてるの! って」
「おー。いつか会えたら怒ってやれよ。ふざけるなってさ」
「そうする。誰も怒れなさそうだもんね」
「まぁ、そうだなー」
キッカが曖昧な返事をした瞬間、さくりと砂を踏む音がした。
「誰かそこにいるのか?」




