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「あなた……婚礼もまだなのに、私と夜を過ごすつもり?」
「今時、新婚初夜まで清いままの子の方が少ないよ」
「少なかろうがなんだろうが、私はそういうのよくないと思う」
(そもそも、心の準備が全然できてない……!)
セランはじりじりとラシードから距離を取ろうとした。
他の部族との諍いや、獣の対処などは最低限こなせる。恐らく多少はラシード相手にもやれるだろう。
が、なんと言っても相手は婚約者であり、セランより二つも年上の男である。多少戦えたところで全力を出すわけにはいかず、そうなれば結局向こうに自由を許してしまう恐れがあった。
「婚礼の日まであとちょっとじゃない。そのちょっとさえ待てば、なんにも問題ないんだよ……?」
「逆に考えてほしいな。そのちょっとがどうしても待てないから、今夜君のもとに来たんだ」
「わ、私のこと……そんなに好きだったの……?」
「…………それはもちろん。婚約者だしね」
(今、間があったじゃない! 絶対嘘! 嘘に決まってる!)
「好きだって言うなら、今夜は引いて。……私の身体は、私を大事にしてくれる人にしか差し出せない」
「……君は僕のことをどうとも思ってくれていないのかい?」
「大切な婚約者だと思ってる。でも、今夜はだめ」
頑ななセランを見て、ラシードはあからさまにがっかりした様子を見せた。
穏やかだと思っていた目からも、欲を秘めたぎらつきが消える。
「わかったよ。だけどまさか、こんな風の強い日に僕を追い出そうなんて言わないよね?」
「だったら私が出て行くわ。それならいいでしょ」
「えっ」
「それじゃあ、おやすみなさい」
毛布だけ奪って、後は振り返らずに天幕を出る。
外はやはり強い風が吹いていた。
唇を噛み締め、どこへ行こうか逡巡する。
(ほんとに『ケダモノ』が来るなんて、誰が予想するって言うの)
セランは非常に怒っていた。
恋も愛も知らないが、今のラシードの行為が婚礼の神聖さを汚すようで。
(風邪を引いたら、婚礼の日取りが変わったりしないかな!)
毛布を身体に巻き付け、足音荒く避難場所を探しに向かう。
最終的にセランが向かったのは、アズィム族の食料を保管する天幕だった。
自分の眠る場所に比べれば隙間風はひどいし、風の音も大きい。干し肉などの食料のにおいも入り混じり、眠ることを考えると最悪の環境である。
(でも、自分のところで寝るよりいい。誰も襲いに来ないもの)
並んだ木箱のちょうど真ん中に陣取り、絨毯の上で丸くなる。
しばらく寝返りを打ったりと落ち着かなかったが、やがて眠りに引きずられていった。