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 それから数日後、なんとなく城がばたばた騒がしかった。

 最近はあまり外に出ないようにしていたセランも、さすがに無視することができず、廊下へ顔を覗かせる。


(なんだろう……)


「……あっ」


 ちょうど通りがかった亜人を見つけ、ちょいちょいと手を振る。

 すぐに気付いてセランのもとまで来てくれた。


「どうしたの、セランさん」

「なんだか騒がしいみたいだけど、なにかあった?」

「ああ……」


 彼女はつばめの亜人である。やはり仮面を付けており、ここでは城の掃除をして暮らしているのだと言っていた。


「どうも、どこかの部族が大規模な戦いを始めそうだって話が来てね。みんな落ち着かないでいるのさ」

「えっ……」

「あんまり小さくない部族同士らしいよ。あたしらには関係ないけど、やっぱりこういうのは空がざわつくからねぇ」


 この女もまた、キッカのように鳥の亜人独特の言い方をする。

 しかしセランは嫌な予感を覚えて、意味を聞くどころではなかった。


「あんまり小さくない……ってことは、大きい部族……なのよね」

「そうそう。南東のオアシスを拠点にしてるんだったかな」


(南東……)


 自分のいたアズィム族が、砂漠のどの辺りを集落としていたのかわからない。

 だが、キッカは小さい部族ではないと言っていた。そして、今、オアシスを拠点にしているという言葉も聞いてしまった。


(もしかして、あの場所なの?)


 自分がよく曾祖母と遊んでいたオアシスを思い出す。

 水が減り始めた――それでもまだ、一族をうるおせるだけの量を残しているあの泉のことを。

 思い出せば、必然的に一族を飛び出したあの日のことが浮かんでしまう。

 しかし、今はそれどころではなかった。


「キッカは? キッカはどこにいるの?」

「え? え、ええと――」

「セラン!」


 そこにちょうど、会いたいと思っていた人がやってくる。


「お前、なんでこういうときに限ってどっか行こうとしてるんだよ。ほら、部屋に入ってろ」

「待って! 今……聞いたの。大規模な争いが起きてるって」

「まだ起きてねぇ」

「ねえ、アズィム族じゃないよね? 私の一族は関係ないよね?」

「落ち着け」


 キッカが軽く燕の亜人に顎をしゃくる。

 意図を察したのか、女はすぐにその場を立ち去った。


「位置で言うなら……遠くねぇ。関わってる可能性はある」

「そんな……!」

「だけどさ、関係ねぇだろ?」


 キッカは不思議そうだった。

 それがセランの不安をより煽る。


「お前、そいつらに復讐したいって言ってたじゃん。だったら別に放っておいても――」

「だめ、だめなの。そんなのだめ……」


 うまく言葉にできなかった。

 焦りが募って、キッカの胸にすがってしまう。


「ひどいことはされたよ。されたけど……でも、みんなが悪いわけじゃない。私に優しくしてくれる人だってたくさんいたの」

「だからどうしたんだよ? 報復は同じ血に連なるすべての生き物にするもんだろ。だったらここでついでに滅んじまえば、お前も――」

「もっと複雑なあれこれが私の中にあるの!」


 結局、言葉にできず、非常に頭の悪そうなことを言ってしまった。

 キッカはそんなセランを見て、少し驚いたらしい。

 とん、と肩に手を乗せてくる。


「よくわかんねぇけど、落ち着けよ。俺に言ったって、争いが消えるわけじゃねぇ」

「うん、わかってる。でも、落ち着くなんて無理だよ。私の知ってる人が殺されるかもしれない。私に笑ってくれた人が、いなくなるかもしれない……」

「セラン」


 静かな声が降る。

 セランが顔を上げると、頬に仮面のくちばしを擦り付けられた。


「お前が死ななきゃ、それでいいよ」


 すとん、とセランの中でなにかが落ち着いた。

 キッカにはセランのこの気持ちを本当の意味で理解することができない。彼は人間ではないのだから。

 以前に言っていたことが、セランの脳内でこだまする。


(大事なものだけ守るっていうのは、大事なもの以外はどうでもいいってことなんだ)


「――キッカ、あのね」


 くすぶる気持ちは怒りや苛立ちではない。

 自分のこの感情を伝えたい、理解してほしい――。その一心で話しかける。


「私、アズィム族のこと、あんまり好きじゃなかった。でも好きだったの。自分が生まれた場所で、育った場所だから」

「うん」

「なにもしないまま、滅ぶところを待つなんてできない。せめてなにか……私にできることをしたいの」

「わかんねぇな。お前、自分の一族を捨ててきたんじゃねぇのか?」

「それでも、私の血も魂もあそこで作られたものだよ」


 表情が見えないキッカが、はっとしたようだった。

 セランの頭に大きな手が乗る。


「お前の飛ぶ理由なのか?」

「わからない――けど、部屋に引きこもってたら私は飛べなくなると思う」

「……わかった」


 キッカの手がセランの頭から腕へ滑る。

 そして、手首を掴んだ。


「連れて行ってやる。見てきてやるって言っても、どうせ聞かねぇんだろ?」

「ありがとう……!」

「でも、俺は飛ばねぇからな。……騒がれたくねぇし」

「どういうこと?」

「気にすんな。行くぞ」


 手を引かれ、急いでついていく。

 不安と緊張と恐れで胸がどきどきしていた。

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