5
次の日、セランは朝早くからキッカに起こされて外に出ていた。
「まだ眠い……」
「これ見たら起きるって」
「なに……?」
引きずられるようにして手を引かれ、寝ぼけまなこを擦りながらついていく。
以前、セランが訓練場として使っていた庭の奥、その更に向こう側へと連れて行かれた。
人の通る回廊からは見えない場所に、それが置いてある。
「これ……昨日の石?」
人がすっぽり入れそうなほど大きな器――セランは少しだけ浴槽のようだと思った――になみなみと綺麗な水が入っている。その中に沈んでいるのは、昨日グウェンが持ってきたあの鉱石だった。
「そうそう。この水、昨日の夜は砂だったんだぜ」
「え……」
(そういえば、砂を水に変える石だって……)
「じゃあ、試してみたの? この石が本当にそうなのか」
「そうそう。でもこれ、使うと小さくなるんだな。昨日より小ぶりになってる」
キッカは興奮気味に言うと、水の中から鉱石を引き上げた。
あのときグウェンが渡したものなら、確かに小さくなっている。こぶしほどの大きさだったはずが、今は子供の手でも覆えるくらいの小ささだった。
しかも、あのぼんやりした神秘的な光もいくぶん弱弱しい。
「しかもちゃんとした水だ。ほら」
「わっ」
再度引っ張られたセランの手に、ぎょっとするほど冷たい水が触れる。
こんなに冷たい水に触ったことなどなくて、思わず飛びのいてしまった。
「び、びっくりした!」
「だろ? 目ぇ覚めたか?」
「覚めた、けど……」
恐る恐る、もう一度手を浸してみる。
気温の下がる夜にも、ここまで冷たい水にはならない。このまま手を浸していれば、切れてしまいそうだと思った。鋭利な刃にも似た水温は、まさしく東の大陸の神秘を受けたものなのだろう。
「すごい……」
ほう、と思わず呟いていた。
眠気に包まれていた頭が次第にはっきりしてくる。
「こんな水が作れたら、もうどことも争わなくていいんだね」
「嫌いな男と結婚する必要もなくなるな」
「えっ」
「お前、そういう目的もあってつがいになろうとしてたんだろ」
平然と言われ、なぜか胸が騒ぎ出す。
キッカから結婚に関係することを言われると、なんとなく落ち着かない。
「そう……だね。私みたいな人も減るかも」
「ただ、やっぱ数が問題だな。たった一個の石を奪おうとして、逆に殺し合いが増えるんじゃ意味がねぇ」
「うん。……戦うのは嫌だね」
ちゃぷ、とセランは水面を指で撫でてみた。
波紋が広がっていく。
「戦うの嫌いか?」
「それはもちろん。キッカは好きなの?」
「いんや。戦わないで済むなら、それに越したことはねぇよ」
「……そうだよね」
「俺が戦うのは、仲間を傷付けられたときだけだ。それ以外のときは知らね」
「放っておくの?」
「関係ねぇもん。俺は俺の大事なもんだけ守れりゃいいの」
「そういうとこ、ちょっと冷たい――」
セランの声がふっと途切れる。
「どした?」
「あ――う、ううん、なんでもない」
ちゃぷちゃぷ、と水をかき回す。
先ほどよりも冷たく感じるのは、セランの体温が上がったせい。
(大事なものだけ、守るって言った)
キッカの視線を感じる。が、そちらに目を向けられない。
(でも、キッカはこの間、私を助けてくれた……)
関係ないから放置すると言い切ったキッカが、人間であるはずのセランを守り、助けた。
その意味がもし、今言った通りのことなら――。
(……私、キッカにとって大事な人なのかな)
冷たく冷えた手で顔を押さえる。
「ついでにそれ、味見してくれよ。飲めたら合格ってことで」
「人を毒見係にしないでよ」
(なんでこんなに顔が熱いんだろう?)
いつも通り、キッカに軽口を返せているはずだ。
顔を見られないでいる気持ちなど、悟られているはずがない。
セランの焦りは、幸い望んだ通りに伝わっていなかった。
それはそれで少し面白くない気もして、やはり自分の気持ちに混乱してしまう――。




