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 次の日、セランは朝早くからキッカに起こされて外に出ていた。


「まだ眠い……」

「これ見たら起きるって」

「なに……?」


 引きずられるようにして手を引かれ、寝ぼけまなこを擦りながらついていく。

 以前、セランが訓練場として使っていた庭の奥、その更に向こう側へと連れて行かれた。

 人の通る回廊からは見えない場所に、それが置いてある。


「これ……昨日の石?」


 人がすっぽり入れそうなほど大きな器――セランは少しだけ浴槽のようだと思った――になみなみと綺麗な水が入っている。その中に沈んでいるのは、昨日グウェンが持ってきたあの鉱石だった。


「そうそう。この水、昨日の夜は砂だったんだぜ」

「え……」


(そういえば、砂を水に変える石だって……)


「じゃあ、試してみたの? この石が本当にそうなのか」

「そうそう。でもこれ、使うと小さくなるんだな。昨日より小ぶりになってる」


 キッカは興奮気味に言うと、水の中から鉱石を引き上げた。

 あのときグウェンが渡したものなら、確かに小さくなっている。こぶしほどの大きさだったはずが、今は子供の手でも覆えるくらいの小ささだった。

 しかも、あのぼんやりした神秘的な光もいくぶん弱弱しい。


「しかもちゃんとした水だ。ほら」

「わっ」


 再度引っ張られたセランの手に、ぎょっとするほど冷たい水が触れる。

 こんなに冷たい水に触ったことなどなくて、思わず飛びのいてしまった。


「び、びっくりした!」

「だろ? 目ぇ覚めたか?」

「覚めた、けど……」


 恐る恐る、もう一度手を浸してみる。

 気温の下がる夜にも、ここまで冷たい水にはならない。このまま手を浸していれば、切れてしまいそうだと思った。鋭利な刃にも似た水温は、まさしく東の大陸の神秘を受けたものなのだろう。


「すごい……」


 ほう、と思わず呟いていた。

 眠気に包まれていた頭が次第にはっきりしてくる。


「こんな水が作れたら、もうどことも争わなくていいんだね」

「嫌いな男と結婚する必要もなくなるな」

「えっ」

「お前、そういう目的もあってつがいになろうとしてたんだろ」


 平然と言われ、なぜか胸が騒ぎ出す。

 キッカから結婚に関係することを言われると、なんとなく落ち着かない。


「そう……だね。私みたいな人も減るかも」

「ただ、やっぱ数が問題だな。たった一個の石を奪おうとして、逆に殺し合いが増えるんじゃ意味がねぇ」

「うん。……戦うのは嫌だね」


 ちゃぷ、とセランは水面を指で撫でてみた。

 波紋が広がっていく。


「戦うの嫌いか?」

「それはもちろん。キッカは好きなの?」

「いんや。戦わないで済むなら、それに越したことはねぇよ」

「……そうだよね」

「俺が戦うのは、仲間を傷付けられたときだけだ。それ以外のときは知らね」

「放っておくの?」

「関係ねぇもん。俺は俺の大事なもんだけ守れりゃいいの」

「そういうとこ、ちょっと冷たい――」


 セランの声がふっと途切れる。


「どした?」

「あ――う、ううん、なんでもない」


 ちゃぷちゃぷ、と水をかき回す。

 先ほどよりも冷たく感じるのは、セランの体温が上がったせい。


(大事なものだけ、守るって言った)


 キッカの視線を感じる。が、そちらに目を向けられない。


(でも、キッカはこの間、私を助けてくれた……)


 関係ないから放置すると言い切ったキッカが、人間であるはずのセランを守り、助けた。

 その意味がもし、今言った通りのことなら――。


(……私、キッカにとって大事な人なのかな)


 冷たく冷えた手で顔を押さえる。


「ついでにそれ、味見してくれよ。飲めたら合格ってことで」

「人を毒見係にしないでよ」


(なんでこんなに顔が熱いんだろう?)


 いつも通り、キッカに軽口を返せているはずだ。

 顔を見られないでいる気持ちなど、悟られているはずがない。

 セランの焦りは、幸い望んだ通りに伝わっていなかった。

 それはそれで少し面白くない気もして、やはり自分の気持ちに混乱してしまう――。

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