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「だけど、ものすごく遠いんだよね。お友達は大丈夫? 来られるの?」
「あいつも俺とおんなじ獣人だもん。鳥だったらもっと速いんだろうけどな」
「お友達はなに?」
「狼。犬って言うと怒られるからな。気を付けろよ」
「初対面の人にそんな失礼なこと言わないよ」
「人の名前を変だっつったのは誰だったかな」
「あれは……! ……いいの!」
「はは」
キッカとはこんな風に今までと変わりなく話せている。
だが、ときどきセランの胸が騒いだ。
大抵、キッカが声を上げて笑うときである。
(どんな顔をして笑ってるんだろう?)
キッカの顔は常に仮面で覆われている。
湯浴みや寝るときでもそうなのだろうかと気になってはいたが、いまだに聞けていない。
「ねえ、キッカ――」
言いかけたそのとき、部屋の扉を叩く音がした。
「んあ?」
キッカがぐるんと後ろを振り返る。
そういう仕草はあまり人間らしくなくて、セランを少し驚かせた。
キッカいわく、特に梟たちがそういう動きをするらしい。
扉の向こうにいたのは、セランの世話をしてくれる亜人だった。
関わりは多いが、あまり話したことはない。どうやら無口らしく、話しかけられることも苦手とのことだった。
ぽそぽそ、と話し声が聞こえる。ほど遠くない場所にいるセランの耳にさえ届かない声だと考えると、話下手なのにも納得がいった。
しばらくしてキッカが戻ってくる。
「なにかあったの?」
「こっち着いたらしいから行ってくる」
「ああ、お友達? いいな、私も挨拶したい」
「お前……面白がってるだろ」
「だって最近、なんにも変化がないんだもの」
ぐ、とキッカが言葉に詰まる。
セランが鬱屈した日々を送っていることをよく知っているからだった。
「…………わかったよ。その代わり、くちばし突っ込むんじゃねぇぞ」
「うん」
鳥らしい言い回しに頷く。
そして、セランはキッカに伴われて客室らしい場所へと向かった。
待っていたのは、冷たい印象の男だった。
きりりとした眉に引き結んだ唇。紺色に似た黒髪と切れ長の瞳。セランたちの訪れに気付いて向けられた眼差しは、深い紺青をしていた。
男の目がセランを捉えて険しくなる。どうやら人間に友好的ではない亜人らしい。
「セラン、こいつはグウェンって言う」
紹介され、セランは拒絶を感じながらも会釈した。
「よろしく、グウェン。私ともお友達になってくれたら嬉しいな」
「……誰が人間などと」
「グウェン」
キッカは名前を呼んだが、咎めるような響きではなかった。
そそ、とグウェンに近付き、耳元に顔を寄せる。
セランには聞かせられない内緒話なのか、しばらく二人はそうして話していた。
結局、なにを話していたのかわからないまま、二人は話し終える。
「……ってわけだから、よろしく」
「お前、なにを考えて……」
「シュシュに影響されたのかもしれねぇ。けど、別にお前に迷惑かけるわけじゃねぇだろ」
「お前たち子供のすることで、我々の――私に影響が出るかもしれない」
「いい影響かもしれねぇだろ? 風はもう吹いたんだ。黙って飛ぶだけさ」
「これだから楽観的な鳥は……」
「お前がお堅すぎんの。……んで、言ってた鉱石ってのは?」
セランが密かに気になっていた話題に移る。
相変わらずグウェンはセランが気に入らない様子だったが、それでも懐からこぶしほどの大きさをした石を取り出した。
驚いたことに、ぼんやりと薄青く光っている。鼓動しているかのように脈打つ光は、セランが見たことのない神秘性をはらんでいた。




