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(あ……私……)
自分でも気付かないうちにへたりこんでいたようだった。
握っていたはずの短剣も地面に落ちている。
「やっぱ大丈夫じゃねぇじゃん」
「う……うん」
発した声まで震えている。
「私……ここは安全だって思ってたの」
「…………」
「でも……当たり前だよね。私の目的……ここの人たちが慕う魔王を追いやることなんだから……」
「いや、あんま難しく考えなくていいよ」
キッカの声が幾分優しい。
気遣ってくれているのだ、と気付く。
「俺だってこんなことになると思ってなかった。ナ・ズの仲間はそこまで人間にあれこれ思ってねぇはずだけど……あいつは、な」
「そうなの……?」
「まあ、誰にだっていろいろ事情がある。……で、立てるか?」
セランは差し出された手を取ろうとした。
指先が触れる瞬間、キッカが静かに言う。
「お前、戦うの向いてないんじゃねぇかな」
どきりとしたのは確かだった。
セラン自身、このほんの短い間に思い知ったのだから。
(……怖かった。なんにも思い浮かばなかった。身体だって、全然動かなくて)
「あはは……殺されるかもって思ったら、腰抜けちゃうくらいだしね……」
まだ身体に力が入らない。
キッカの手を借りて立ち上がろうとしても、膝がすっかり萎えてしまっている。
「情けないな……。これじゃ、復讐どころじゃ――ひあっ!?」
なんとか気持ちを落ち着かせようとしたセランを、キッカがなんの前触れもなく抱き上げる。
立たせてくれるのかと思いきや、膝の裏に腕を入れられ、横抱きにされた。
「き、キッカ」
「この身体だとこれが一番運びやすいんだよ。暴れたら落とすからな」
「う、うん……」
今まで、キッカに大柄なイメージはなかった。
だからこそ抱き上げられたことに衝撃を受けたのだが、今は妙に鼓動がうるさい。
(キッカって、こんなに力持ちだったんだ……?)
そこまで自分は重くないと思いたいが、やはり人間一人を持ち上げるのは大変だろう。
しかし、表情こそ見えなくてもキッカが苦労している様子はなかった。
(……人間の姿じゃなくて、鳥の姿だったら別の運び方をされてたのかな)
そんなことを考えながら、安定を求めてキッカの首に腕を回す。
ぎゅ、と抱き締めると、仮面に隠れた顔がセランを見上げてきた。
「どした?」
「……ありがと」
「うん?」
「助けてもらっちゃった。……これで二回目だね」
「二回? 前になんかあったか?」
「砂漠で死にかけてたとき。私、キッカに命を救われてばっかり。……本当にありがとう」
「……おー」
なんとも言い難い微妙な返事は、すっかり大人しくなったセランへの呆れも混ざっているのかもしれなかった。
情けなさに唇を噛んだとき、ぽん、と頭に大きな手が乗せられる。
「女の子なんだから、あんま無理すんなよ」
(え……)
よしよし、とそのまま撫でられる。
思いがけない優しさに触れて、セランの胸は奇妙に疼いた。
キッカはなにも気付かずに歩き出す。
その首にしがみついたまま、顔を上げずにうつむいた。
今ほど、キッカの顔が見えなくてよかったと思うときはない。
どんな表情なのかを見てしまったら、もっと心臓が騒いでいただろうから――。




