2
少しずつ婚礼の準備が整い始めたある夜のこと。
いつにも増して厳しい寒さに、セランは眠れない時間を過ごしていた。
(明日は朝から刺繍をしようって言ってたのに……。このまま眠れなかったら、指を針で突いちゃうかも……)
眠ろう眠ろうと目を閉じれば閉じるほど、逆に眠気が消えていく。
外から聞こえる風の音もまた、セランの目を覚ます要因となった。
(……ん?)
ふと、セランは顔を上げる。
風の音にまぎれて、ことりと物音が聞こえたような気がした。
(……獣? こんな夜に?)
それはさすがに考えづらく、首を傾げる。
普通の少女ならここでなにも聞かなかった振りをし、毛布の中に頭を押し込んでいただろう。だが、セランは違った。
(このままだと気になって眠れない)
温かな夜着をしっかり身体にまとい、そろりと天幕の入り口に近付いた。
ひゅうひゅうという風の音はいまだ激しく聞こえてくる。
ことり、と先ほどより大きく物音が聞こえた。
それと同時に砂を踏む足音が。
(……誰か近付いてきてる)
そう気付き、セランは入り口を開いた。
一気に風が吹き込んできて天幕の中が冷え込む。
その風と共に飛び込んできたのは――。
「ラシード? あなた、こんな時間になにをしているの?」
「や、やあ、セラン……まだ起きていたんだね」
今はこちらに滞在している婚約者の姿に目を丸くする。
どうも気まずそうな様子は気にかかったが、ひとまず中に招き入れてしっかり入り口を閉じた。
「外の様子が見えてないわけじゃないでしょ? こんな風の日に出たら、あっという間に飛ばされちゃうよ」
「君の顔を見たかったんだよ」
「……え」
思いがけないラシードの言葉に、つい引いてしまう。
しかしラシードはそれを許さなかった。
セランの肩をがしりと掴み、真剣な顔で見つめてくる。
「僕たち、もうすぐ結婚するってわかっているかい」
「それはもちろん……。毎日のようにみんながうるさいし、婚礼に必要なものだって今、一生懸命揃えてるから……」
「だったら、わかるよね?」
そう言うと、ラシードはいきなりセランを抱き締めようとした。
咄嗟のことに驚いて――つい、勢いよく押しのけてしまう。
「な、なななななにをしようとしたの!」
「なにって……今まで恋人の一人もいなかったの?」
「そ……そんなのいるはずないじゃない。婚約者としてあなたがいるのに」
「婚約者になったのは最近のことだろ? その前に……誰かとこうして二人で会ったり、抱き合ったりしなかった?」
「するはずないでしょ! なんでそんなことしなきゃいけないの!?」
混乱からそんな言葉を吐いてしまったが、セランだって男女のことをわからないわけではない。
だからこそ、ラシードがなぜこんな夜に自分のもとへ来たのかを理解してしまった。