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 少しずつ婚礼の準備が整い始めたある夜のこと。

 いつにも増して厳しい寒さに、セランは眠れない時間を過ごしていた。


(明日は朝から刺繍をしようって言ってたのに……。このまま眠れなかったら、指を針で突いちゃうかも……)


 眠ろう眠ろうと目を閉じれば閉じるほど、逆に眠気が消えていく。

 外から聞こえる風の音もまた、セランの目を覚ます要因となった。


(……ん?)


 ふと、セランは顔を上げる。

 風の音にまぎれて、ことりと物音が聞こえたような気がした。


(……獣? こんな夜に?)


 それはさすがに考えづらく、首を傾げる。

 普通の少女ならここでなにも聞かなかった振りをし、毛布の中に頭を押し込んでいただろう。だが、セランは違った。


(このままだと気になって眠れない)


 温かな夜着をしっかり身体にまとい、そろりと天幕の入り口に近付いた。

 ひゅうひゅうという風の音はいまだ激しく聞こえてくる。

 ことり、と先ほどより大きく物音が聞こえた。

 それと同時に砂を踏む足音が。


(……誰か近付いてきてる)


 そう気付き、セランは入り口を開いた。

 一気に風が吹き込んできて天幕の中が冷え込む。

 その風と共に飛び込んできたのは――。


「ラシード? あなた、こんな時間になにをしているの?」

「や、やあ、セラン……まだ起きていたんだね」


 今はこちらに滞在している婚約者の姿に目を丸くする。

 どうも気まずそうな様子は気にかかったが、ひとまず中に招き入れてしっかり入り口を閉じた。


「外の様子が見えてないわけじゃないでしょ? こんな風の日に出たら、あっという間に飛ばされちゃうよ」

「君の顔を見たかったんだよ」

「……え」


 思いがけないラシードの言葉に、つい引いてしまう。

 しかしラシードはそれを許さなかった。

 セランの肩をがしりと掴み、真剣な顔で見つめてくる。


「僕たち、もうすぐ結婚するってわかっているかい」

「それはもちろん……。毎日のようにみんながうるさいし、婚礼に必要なものだって今、一生懸命揃えてるから……」

「だったら、わかるよね?」


 そう言うと、ラシードはいきなりセランを抱き締めようとした。

 咄嗟のことに驚いて――つい、勢いよく押しのけてしまう。


「な、なななななにをしようとしたの!」

「なにって……今まで恋人の一人もいなかったの?」

「そ……そんなのいるはずないじゃない。婚約者としてあなたがいるのに」

「婚約者になったのは最近のことだろ? その前に……誰かとこうして二人で会ったり、抱き合ったりしなかった?」

「するはずないでしょ! なんでそんなことしなきゃいけないの!?」


 混乱からそんな言葉を吐いてしまったが、セランだって男女のことをわからないわけではない。

 だからこそ、ラシードがなぜこんな夜に自分のもとへ来たのかを理解してしまった。

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