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「あいつ、なんか放っておけねぇんだよなぁ……」

「わからない」

「俺にもわかんねぇ。でも、魔王になってやるーって言ってる今の方が生き生きしてて安心する」

「……だからクゥクゥはあの人間に、自分のことを伝えないのか」


 シュクルには既に事情を告げてあった。

 キッカはセランに金鷹の魔王が誰であるかを言っていない。そして、身の回りをする者たちにも伝えないよう厳命していた。

 もちろんシュクル経由でティアリーゼにも伝わっている。


「どう言えばいいかわかんなくなって、不在がちーとか言ったのが悪いんだよな。おかげであいつは目的を見つけられたからいいのかもしれねぇけど……。おかげで俺の立場がねぇ」

「今からでも話せばいい。なぜ、そうしない?」

「こういう深い事情はまだお前に理解できねぇと思うな」


 その言葉を聞いて、シュクルは首を傾げた。

 わからない――と口癖である言葉が顔に思い切り書いてある。


「……また目的なくしたら、今度こそほんとに死ぬかもしれねぇじゃん。拾って助けてやったのにまた死なれるの、なんか嫌なんだよ」


 金鷹の魔王はその翼の庇護下にある者を見捨てない――。

 亜人たちに囁かれるその言葉は、キッカという存在を神格化させるためのものでなく、単なる事実であった。

 身内に甘く、他人に厳しいのが亜人という生き物である。とりわけキッカはその傾向が強かった。


「まあ、とりあえずしばらくは様子見の予定。どっちにしろ、あいつはどんなに頑張っても魔王になれねぇんだ。俺がいるからな」

「なんのために目的を与えるのかわからない」

「だから言ったろ、すぐ死んじまわねぇようにだって」

「死ねばいい。弱い個体は奇跡がない限り、生きられない」


 淡々と言うシュクルを、キッカは複雑な思いで見つめる。


「俺はお前より長く生きてる分、思うこともたくさんあるの。お子様は黙ってなさい」

「納得がいかない」


 再びシュクルが鳴き声をあげる。その尾がゆっくりと揺れた。

 しかし、急にぴたりと止まる。

 その奇妙な動きに、キッカも気付いた。


「どした?」

「つがいにはならないのか?」

「……は?」

「毎日、楽しい。クゥクゥも幸せになれる」

「うっせ、新婚は黙ってろ」


 のほほんと言ったシュクルの尻尾がまた動き出す。

 あまり感情を顔に出さず、言葉も若干不自由なシュクルは、だからこそ気持ちを率直に口にする。ティアリーゼ、という人間の存在がどれほどの幸せを与えてくれているのか、話を聞いているキッカには痛いほど伝わった。

 結婚前のシュクルを知っているだけに、敢えて尋ねる。


「シュシュ。お前、幸せ?」

「この一瞬を私の永遠にしたいと思うほどに」


 は、とキッカは笑った。

 以前のシュクルなら、わからない、と答えていただろう。


「ティアリーゼは私の尾に触れる」

「うん」

「湯浴みの後、上手に手入れする」

「おー」

「髪も梳く。膝に頭を乗せると心地がいい」

「うんうん、よかったな」

「たまに角も触られる。くすぐったいと言ったら、不思議そうにされた。あの顔は好きだ」

「お前、ほんと変わったなー……」


 仮面で表情を隠しても、キッカがシュクルに対して優しい感情を抱いているのはその声色からはっきり汲み取れる。

 聞いてくれる相手がいることで調子に乗ったのか、シュクルはその後もティアリーゼとの蜜月を語り続けた。

 やがて、キッカがああ、と声を上げる。


「やっとわかった。なんで俺がセランを置いとくのか」

「わからない」

「俺さ、たぶんお前の面倒を見なくて済むようになったから、次の雛が欲しかったんだと思う。ほら、俺って面倒見いいだろ?」

「そうだろうか?」

「なんだよ、散々かわいがってやっただろうが」

「わからない」

「お前なー」


 はは、とキッカが笑うと、シュクルもつられたように頬を緩める。

 女性陣が楽しんでいるように、魔王二人もそこそこ楽しい時間を過ごしていた。

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