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数日後、キッカは本当に人間の女を連れてやってきた。
もう一人、どう見ても人間ではない男も共にいる。
どちらも美男美女と呼ぶのがふさわしい。
女の方は赤銅色の髪と翡翠のような瞳をしており、どことなく気品を漂わせる凛とした顔立ちだった。きつく見えないのは、口元に浮かべている笑みが優しいからだろう。
対して男の方は超然とした雰囲気をまとっている。長い銀髪に青い瞳まではともかく、服の裾から覗いている白い尾はなんだと言うのか。視線はセランでも、ここへ連れてきたキッカでもなく、隣にいる女に向けられていた。明らかに好意を持っているのが駄々洩れで、女が目を合わせてくれる度に尾を振っている。
どちらに声をかけるかと言えば、もちろん女の方に決まっていた。
「初めまして。私、セラン。あなたがキッカの言っていた先生たち?」
「初めまして。ティアリーゼと言います。……先生と呼べるほどのものではないかもしれませんが、キッカさんの期待には応えたいと思っています」
(優しそうな人でよかった!)
正直に言うと、この瞬間までセランはびくびくしていた。
キッカが連れてくる、魔王に対抗する訓練を見てくれる人間の女。稽古をつけると言うのだから、女とは思えぬ筋骨隆々のたくましい人物を想像していたのだが。
握手のために手を差し出してくるティアリーゼはとても恐ろしい人物に見えない。それどころか、本当に戦えるのか怪しいほど穏やかそうな空気を醸し出していた。
ほっとしつつ、ティアリーゼの握手に応える。
すると、しゅう、という空気が漏れるような音が聞こえた。
「シュクル」
ティアリーゼが共に来た男の方を振り返る。
どうやら今の音はこの男が発したものらしい。
「おもしろくない」
「あなたはキッカさんと遊んでて」
「なんのために?」
「人間二人の邪魔をしねぇようにだよ」
苦笑しているらしいキッカがシュクルと呼ばれた男を小突く。
ものすごく嫌そうな顔をされても、キッカは気にしていないようだった。
「セラン、俺が紹介する前に自己紹介しちまったが、一応言っとく。そっちの人間がティアリーゼで、こっちがシュクル。俺はシュシュって呼んでる。今日は一日付き合ってくれるらしいから、好きなように特訓してもらえ」
「うん、ありがとう!」
セランは喜んでいた。
キッカが協力してくれたのもそうだが、久し振りに人間の女を目にしたからだった。
これまで、セランの身の回りのことは亜人の女たちが世話してくれていた。
もともとセランが亜人に抵抗を持たないということもあってか、馴染むのにそう時間はかからなかったが、やはり獣の耳や尾を持たない生粋の人間というのは安心する
「ティアリーゼさん、よろしくね!」
「ティアリーゼで構いませんよ。こちらこそよろしくお願いします」
「私のこともセランでいいよ。敬語も使わないで。先生だけどお友達にもなりたいの」
「わかったわ。じゃあ、今からお友達ね」
「ありがとう! 早速だけど、いろいろ聞いてもいい?」
「ええ、なんでもどうぞ」
訓練ならば動く必要があるだろう、と外へ行こうとする。
その前にセランはキッカたちを振り返った。
「お昼には一回帰ってくるね!」
「おー、わかったわかった」
キッカの横で文句を言いたげにしているシュクルが気になるが、ひとまず今はティアリーゼとの時間を無駄にしたくなかった。
そうして、男二人女二人で別れて行動することになる。
――だが、セランとティアリーゼの時間は思っていたものと違っていた。




