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先に口を開いたのはセランだった。
もとより、怯えて逃げる性格ではない。たとえ相手が奇妙な人間でも、自分をじっと見つめていようと、先手を取るのがセランである。
「何者なの? その仮面はなに? どうしてここにいるの? ううん、そもそもここはどこ? 私、死んだんじゃないの? 今はいつ? なにが起きているの?」
「よく喋るなぁ、お前」
改めてその声を聞き、目の前にいるのは男なのだと悟る。
低くもなく高くもない聞き取りやすい音の声だった。仮面のせいで妙な印象を受けていたが、意外にも声は普通で。むしろ、冷たさも威圧的な空気も感じない、話が通じそうな相手だと思わせる響きを持っている。
だからか、それともこの状況が理解できなさすぎて思考を放棄したからか、はたまたもともとの性格か――恐らくこれが正しい――、セランは早々に警戒を緩めてしまう。
「だって、私が質問しないとあなたも答えられないでしょ?」
「そうだけどさ。普通、もうちょっとなんかあるだろ」
「そう? じゃあ、なんて言うのが正解だったの? あなたならなんて言う?」
「わかったから落ち着けよ」
ふう、と目の前で溜息を吐かれ、セランはなんとなく納得いかない気分になった。
話す口調や声の軽快さなどを考えると、そこまで自分と歳が離れていないように思える。なのに、まるで子供を相手するような態度が気に入らなかったからだった。
「落ち着くから、教えて」
「はいはい。……んーと、俺のことと自分のこと、どっちから聞きたい?」
(この人のことはものすごく気になるけど、まずは自分のことが優先だよね。どういう状況なのか全然わからないわけだし……)
「私のこと。……私、砂漠で死んじゃったんだと思ってたの。ここは金鷹の魔王の城なの?」
「え? あ、うん。そうだな。……なんでそんな具体的に質問するんだ、お前」
「死んだら本当に王のもとへ招かれるんだ……」
「はぁ?」
「じゃあ、ここに私のおばあさまがいるか知ってる? ネルっていう、風切り羽根のない鳥の亜人なんだけど……」
「お前……自分のことを教えてほしいんじゃなかったのかよ」
「あっ、そっか。ごめんなさい」
ついつい興味が散ってしまう。これはセランの悪い癖だった。
素直に謝罪して黙ったからか、仮面の男は特に怒ることなく話してくれる。
「まず、お前は死んでねぇ。死にかけのとこを拾ってここまで連れて来たんだ、俺が」
「……そうなの? ありがとう。……なんだ。てっきり、死んだから魔王が城に招いてくれたかと思ったのに」
「どういう勘違いか知らねぇけど、死んだら魔王云々って話にはならねぇぞ。ナ・ズの生き物は死ねば砂に還る。それだけだ」
「そう……。おばあさまに会えると思ったのに。……あ、どっちにしろ私は生きてるんだから、それ以前の問題だったね」
「……なんかお前、変な奴だなー」
仮面を付けている男に言われたくない――と喉まで出かかったが、なんとか飲み込む。
この男がセランを助けてくれたのは確かで、そうなると命の恩人ということになる。感謝こそすれ、変な男だのなんだのと言うのは違うだろう。たとえ、言いたかったとしても。
「俺がお前を拾って連れて来てから、三日経ってる。水とかあんま飲んでなかったらしいな。全然熱が下がんなくて大変だったとかなんとか」
「……もしかして面倒まで見てくれたの?」
そう聞いてから、セランは自分の身体を見下ろす。
今となっては苦々しい婚礼衣装ではなく、ゆったりとした服になっていた。
三拍置いて、はっと自分の身体を抱き締める。
「き、着替えも?」




