――0011―― 獅子の栄冠
目を覚ましてからたった一晩で、ベッドから離れられるようになったリュカに、シャルルはなにから話せばいいのかと迷っていた。
フランシスから伝えられたこれからの事を今話すべきか。カロリーヌに幽閉されていたはずのオーロルが行方不明になっていること。それとも、リュカのいなかったの王城の事を話すか……リュカに話すこと話したいことは沢山ある。
「リュカ王子。お体の方はもう大丈夫ですか?」
子供の頃と同じリュカの黒い双眸に、フランシスに相対するような変な緊張を覚えていた。自分の立場が子供の頃と同じではないからだろう。
シャルルの緊張はリュカにも伝わっていた。目の前で弟が顔を強張らせていれば気になって当然だ。
「シャルル、もう兄上様とは呼んでくれないのか?」
なによりもシャルルに兄と呼んで貰えないことは寂しい。魔法使いだと周囲がリュカを蔑むなか、シャルルはずっと兄と慕ってくれていたのだ。
軽く目を見開くシャルルにリュカはもう、彼の兄として振る舞うことは許されないのかと落ち込み、シャルルは兄と慕っていいのだと喜んだ。
「これはけじめです。僕はもう……母の事を聞いていないのですか?」
「概要は聞いた。だけど、シャルルが弟であることは変わらない」
どこまでシャルルに甘いのだろう。シャルルはリュカに害意を向けていた相手の息子だ。血のつながりもない他人。兄弟であったのはただのまやかしだ。
「……ありがとうございます。ところで、陛下はもう来ましたか?」
フランシスをも父とも呼べないのかと、カロリーヌのせいで自分を兄と慕ってくれた弟を無くしてしまったと、シャルルに悲しいものを感じる。
「いえ、これから国王陛下の元に挨拶に伺うことになっております」
ダミアンが代わりに答える。病み上がりの息子に挨拶を要求するフランシスに憤りを感じていた。随分と前に見限ったリュカの父親ではあるが、国王だ。無下にすることもできない。
「それじゃあ、僕は忙しいときに……」
「大丈夫だ。毎日見舞いに来てくれたって、聞いた。ありがとう」
「お礼を言われるようなことはなにも……」
リュカからお礼を言われるようなことはしていないと、シャルルは照れくさかった。この王城で、家族だった人たちの中で、心から甘えられる人物がリュカだけだったから、早く起きて欲しいと思っていただけなのだ。自分本位な理由だっただけに恥ずかしい。
茶器を手にするリュカの指に『獅子の栄冠』がない。あの指輪の持つ意味を知るシャルルは思わず、じっとリュカの手先を見つめてしまう。
見つめられれば気になるものだ。
「俺の手がどうかしたか?」
「いえ、獅子の形をした指輪があったと思うのですが、あれは陛下から……リュカ王子の身分を示すものですから身に付けていた方がいいでしょう」
リュカの問いにシャルルは、つい答えを濁してしまう。今ここで話す切っ掛けだったはずだ。それを逃してしまったと、後から波のように押し寄せては引いて行く。
「オレの身分?」
王子であっても魔法使いと蔑まれることの多かったリュカだ。身分など無くてもいいのにと、ダミアンが差し出す『獅子の栄冠』に視線を移す。
「はい。えっと……」
フランシスから伝えるようにと言伝を受けてはいるが、あまりに大事な事に言い淀んでしまう。言わなかった後悔を、たった今したばかりだというのに、躊躇ってしまう。
「陛下も心配しておられました。早くその元気な顔を見せてあげてください」
フランシスから預かった言伝はシャルルには荷が重すぎた。自分がその地位に立つのだと思い、疑うこと無く育ってきたせいもある。カロリーヌの罪が暴かれた今、もう皇太子になることはない。躊躇することのは無いはずだ。
シャルルの向ける笑顔がぎこちないことに、リュカは先を聞くことを躊躇う。
半ば逃げるようにリュカの部屋を去ろうと言葉をひねり出す様子。意味の無い気遣いの言葉。
シャルルらしくないと思いながらリュカはそれを受け止めた。
「リュカ殿下」
去り際に発せられたユーグにリュカは、緊張を覚える。
リュカはカロルのことを未だに引きずっているからだ。そう簡単に忘れられるものではない。顔を知らない産みの母よりも育ててくれた乳母が心を占める割合が大きいのは当たり前だ。ユーグのことも、シャルルと同じように大事だ。どんな罵倒が来るのだろうと構えてしまうのは癖になってしまっていた。彼の母を殺したのは自分だと、責める気持ちがあるからだ。
「シャルル様に、どうか恩情をお与え下さい」
シャルルは血の気が引いていく。恩情を請われたリュカにしてみれば意味がわからない。2人が言葉を探している間に、ダミアンが代わりに理由を聞く。
「シャルル様のことは全て、リュカ殿下にと……」
「ユーグ!」
シャルルがユーグの言葉を遮る。
カロリーヌのこともあって、掻きむしられたように心がぐしゃぐしゃだった。
リュカがなにかを言う前にと、シャルルは立ち去っていく。残されたリュカとしては、頼りにされない兄だなと、自嘲するしかなかない。兄らしいことなど、今までしたこともないから仕方がないと、思いながら寂しいと思ってしまう。
フランシスが寝ている間に見舞いに来たと聞いても、あのフランシスのことだ。一足部屋に入っただけだろうと思う。実際にその通りなのだが、それだけでもフランシスからしたら、心配したとなるのだ。
シャルルの言うこの獅子の指輪は、フランシスがしていたものではないだろうかと、記憶の隅を探る。父であるフランシスとの思い出など殆どないために、獅子の指輪のことはうろ覚えだ。
シャルルもフランシスと同じ指輪とは一言も口にはしていない。同じ指輪だと気が付いて当然と思われていたのか、彼も気が付いていないのか、リュカにはわからない。聞くこともどうだろうかと、憚られた。
「気が重い……」
それが、リュカの正直な今の感情だ。
父であるはずのフランシスとまともに顔を合わせるのは、最後に『竜の肉』を喰わされた時ではないだろうか。何かと理由を付けてはリュカと会うことを拒まれてきた。そんな父に呼び出されたとなれば、気が重くても当然だろう。




